2018年1月 2日 (火)

第14回空き瓶歌会のお知らせ

第14回空き瓶歌会のお知らせ

<空き瓶歌会とは>

空き瓶歌会は新潟を中心に行っている短歌の歌会で、短歌を書く人であれば誰でも参加できるオープンな会です。2012年の8月からこれまでに13回実施してきました。

先生と生徒がいるわけではなく、初心者も歌歴の長い人も、フラットな関係で集まっています。短歌歴の短い人たちが中心となっているので、これまで歌会へ参加した経験のない人でも参加しやすい歌会だと思います。 新潟市で開催しているのですが、新潟県内の参加者に加えて、毎回全国各地から参加者が集まってくれます。

3月に第14回空き瓶歌会を実施します。多くの方のご参加をお待ちしています!

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【開催概要】

日時:2018年3月17日(土) 13:30~17:00

場所:砂丘館 (新潟県新潟市中央区西大畑町5218−1) http://www.sakyukan.jp/ ※新潟市中心部のNEXT21から徒歩約15分

会費:200円(会場費など)

◎歌会後、懇親会あり(希望者)

【詠草】

・未発表作1首(題詠)を事前にツイッターのDMまたはメールで送っていただきます。

・詠草は歌会の前に無記名で、歌会後に記名入りでインターネット上で公開します。

・題詠の題は「遠」(読み込み必須)

・詠草締切=3月3日(土)24:00

【参加希望・お問い合わせ】

ツイッター :@akibinkakai

メール:akibinkakai@yahoo.co.jp

参加希望者は2月28日(水)までに、ツイッターもしくはメールにてお申し込みください。 (歌会前の連絡をツイッター上のサービス「meity」で行いますので、メールでお申込みの場合、ツイッターアカウントがある方は記載していただけると幸いです。)

参加者が会場のキャパを超える場合は、先着順で締め切ります。 参加をご検討いただける方は、未確定でも念のために早めにご連絡いただけると助かります。 お申し込みお待ちしております!

(空き瓶歌会)

2017年9月14日 (木)

第13回空き瓶歌会 皆様からいただいた選評

今回も多くの方々から選評をいただきました。
本当に嬉しいです。ありがとうございます!!
まだお会いしたことのない方はいつか歌会などでご一緒できますように。

※鈴木麦太朗さんからも全首評をいただきましたが、ご意向によりブログでの公開は控えさせていただきます。ありがとうございました!!

◯石川順一さんからの一首選

B. 畦道のドロ飛沫あびる軽トラにテカる〔土方歳■〕ステッカー
恐らく「土方歳三」だと思うのですがなぜ「三」の部分が「■」なのかが気になりま
した。土方歳三と言えば蝦夷共和国に、榎本武揚。勿論それら以前の新選組での活躍
がありますが、そう言った事全てひっくるめて、この歌をいいと思いました。そして
その他に「ドロ飛沫」「ステッカー」と言う語や組み合わせにも惹かれたのだと思い
ます。(ああ、今気付きました。恐らく「■」の部分は、その部分だけ剥がれて無く
なって居たのだと気付きました)

《石川順一賞は、Bの髙木秀俊さんの歌でした。おめでとうございます♪》

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◯安野文麿さんからの一首選

E. 屋上に落ちている土 重力へ報いる力のあることを知る
最初は何やらわからないまま読んでいたのですが、はたと腑に落ちました。歌意は、ビルの或いは学校の屋上に土くれを見つけた、と。それは、地面から重力に逆らって屋上まで持ち上げられてきたのだ、重力に抗う力というものがあるのだ、という歌。なるほどなのです。重力が無ければ僕たちは全く活動できないので、重力の存在価値は計り知れないと思うのですが、面白い視点だと思いました。
思えば僕らのすべての活動は重力に逆らう力で行われています。又、重力を利用して活動している。そういう重力に「報いる」。この歌では報復すると読みましたが、一方で恩返しする意味もある(歌の意味が通じなくなりそうですが)。
今日はしみじみと重力について感じ、考えてみたいです(笑)。重力に逆らわず、屋上から重力に従ってしまったら、怖いですね。以上です。ご盛会をお祈りしております。

《安野文麿賞は、Eの大嶋航さんの歌でした。おめでとうございます♪》

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◯内山晶太さんからの一首選


A. 孤独っていったいどんな毒だろうプラネタリウムで土星を見上げて


一首評

孤独=こどく、で「孤独」という音のなかに「どく」がある
というのがこの作品のひとつの核心になっています。
ここの部分だけ取り出してしまえば、よくある言葉遊びなのかもしれませんが、
一首全体を通してみると、言葉遊びが持つ直接的で即効性のある魅力とともに
もう少しじわじわとした別の魅力も併せもっていることが分かります。


プラネタリウムは最近では大人も見に行くもののようですけれども、
わたしの個人的イメージだとなんとなく子供時代のかすかな記憶にありそうな場所です。
そういうわけで、「孤独っていったいどんな毒だろ う」と考えているこの歌のなかの人も
どこかしらあどけなく見えてきました。


星空と一対一で向かい合っている時間。そしてその星空はほんものではなく疑似星空であること。
こういう一首のなかの事情が絡み合い、歌のなかの人のあどけなさは
子供の持つあどけなさというよりも、レプリカントの持つあどけなさなんじゃないか、
というふうに、あどけなさの特定ができる点で歌のなかの人がしっかりと浮き出していて
言葉遊びだけではない魅力になっています。


題詠の「土」は「土星」のところに詠み込まれていますが、
ここも「ど」の音で合わせてきていて、また「星空」と「孤独」というよくあるイメージの
取り合わせから自 然とはずれていった部分もこの歌にはプラスに作用したと感じました。

《内山晶太賞はAの七波さんの歌でした。おめでとうございます♪》

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◯高松紗都子さんからの一首選

C. 土砂降りに差し出されたる透明な傘の匂いを忘れずにいる

まず雨のにおいについて考えてみると、土砂降りの雨にはあまり良い匂いのイメージがないですね。どちらかというと、ちょっと埃っぽいような、土くさいような…(土という字に引っ張られてる?)
そんな激しい雨の中、誰かにすっと傘を差し出されたんですね。それはありふれた透明な傘だけれど、自分にとって大切な場面、大切 な相手だったのだと思います。
傘の匂いというのはなかなかイメージできませんが、透明傘のひかりは目に浮かびます。忘れられない匂いは「清々しさ」に通ずるものだったのではないでしょうか。 あるいは差し出した人から香っていたのかもしれません。
土砂降りの雨の音、透明傘のあかるさ、そして記憶に刻まれた匂い …その人の思い出の光景に、ふと引きこまれていくような気がしました。激しい雨音も聞こえなくなるような一瞬ですね。

《高松紗都子賞は、Cの香村かなの歌でした。ありがとうございます♪》


第13回空き瓶歌会 ユキノ進さんからの全首評

空き瓶歌会の創始者、ユキノ進さんから全首評をいただきました。
いつもありがとうございます!!!
ユキノ賞はFの有村桔梗さんの歌でした。
おめでとうございます♪


《ユキノ進さんからの全首評》


A. 孤独っていったいどんな毒だろうプラネタリウムで土星を見上げて

「コドク」と「ドク」 のだじゃれだと気づくまでしばらく時間がかかりました。
でも孤独は毒の一種である、 というのはだじゃれ以上の意味があるようでおもしろいです。
孤独は人を蝕む毒である、ということか。
土星の「ド」と合わせて、 強いアクセントの繰り返しも印象的です。


B. 畦道のドロ飛沫あびる軽トラにテカる〔土方歳■〕ステッカー

泥をかぶって読めなくなっている文字を黒い四角で表したところが この歌のポイントですが、 そこはちょっと狙いすぎというか作者の方がおもしろがり過ぎてい る感じがします。
一文字消えていることで「土方」 がヒジカタではなくドカタと読めてしまう点の方が、 軽トラとの組み合わせもあっておもしろいと思いました。
ところで、土方歳三ステッカーなんてあるのか、 と思ってググったところたくさん出てきてちょっと笑いました。


C. 土砂降りに差し出されたる透明な傘の匂いを忘れずにいる

傘のビニール素材の匂いに雨の匂いが混じった独特の質感とリアリ ティが感じられます。
匂いが想起される歌って、いいですよね。
ただ上句の文語(されたる)と下句の口語(忘れずにいる) が混在しているところが、ちょっと居心地悪いです。

D. 春来たり湿つた土に足跡を刻む遊びを君とせむかな

僕は広告会社で働いているので、短歌の評で「コピーっぽい」 とはあまり言いたくないのですが、 これはすごくコピーを感じる短歌です。
「…遊びを君とせむかな」が、 80年代くらいのコピーの文体を感じます。
着物を着たアイシャドウの濃い外国人女性のビジュアルに「 春色の遊びを君とせむかな PARCO」みたいな感じ。(そんなコピーはないけど)

春の初めに雪が融けてぐずぐずになった黒い地面に足跡をくっきり 残して遊ぶ、というのはリアリティのある景色です。
しかし文語がちょっと大げさで、 コスプレっぽくなっているために現実を離れた印象になるのではな いかと思います。

E. 屋上に落ちている土 重力へ報いる力のあることを知る

重力へ報いる力ってなんだろう、と考えました。
重力に歯向かう力はわかりますが、重力へ報いる力、とは?
地面から建物の上に向けて泥球を投げるのだけれど、重力が泥球を引き戻して屋上に落ちた、というアクロバティックな読みをしましたが、なんかしっくりしません。
そこから先が考えられず、ちょっとうまく読めませんでした。

F. きみが紙粘土でつくる生き物はみんなさみしい顔をしている

「紙粘土」のほのぼのとした感じが、 さみしさを悲しいものではなくしています。
また、紙粘土でつくるのが「顔」でも「人」でもなく、「生き物」 である点もユーモラスです。
紙粘土でつくった犬や猿や象が、 無表情ありながら少し寂しげである感じはなんだか目に浮かぶよう です。
初句と二句の句跨りも、オフビート感があっていいと思います。

ユキノ進賞はFでお願いします。

第13回空き瓶歌会 ゲスト選者 月下  桜さんからの全首評

今回、もうお一方ゲスト選者をお願いしました月下  桜さんからの全首評です。
月下さんはコスモス短歌会に所属されており、一首一首読み解いていく評は深く、鋭いなかにも優しさがあり勉強になりました。お忙しいなかありがとうございました!

《月下  桜賞は、Fの有村桔梗さんの歌でした。おめでとうございます♪》

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◎ゲスト選者 月下  桜さんからの全首評
 

ご依頼を受けておりました「第13回空き瓶歌会」の一首選と評をお送りいたします。
 
いろいろと書いてしまいました。→ は評をふまえたうえでのわたしの改作案です。
作者はそれぞれの思いがあって現在の表現に辿りつかれたとおもうので、
改作をされるのは不本意かとは思います。
ただ、現時点での歌の、表記上のひとつの案ですので
どうぞお気をわるくなされませんよう。
 
空き瓶歌会のご盛会を祈念しております。
 

A. 孤独っていったいどんな毒だろうプラネタリウムで土星を見上げて
 
「こどく」に「毒」を感じられたところがユニークです。
星は大抵有毒ガスで覆われていますし、宇宙にひとつづつ浮かんでいるところから
そのように連想されたのだろうと思いました。
土星は衛星が沢山あるらしく(63個も!)、案外孤独ではなさそうです。
プラネタリウムの解説で「孤独」と聞こえそうならば下句がもっとしっくりくるでしょう。
プラネタリウムでは周りが見えない分孤独と感じているのかもしれませんが、
映像なので場面が変わりやすく、じっくり「孤独」を感じる時間が短いように思われます。
科学博物館の展示、図鑑などで一対一で土星と向き合っている場面のほうがいいかもしれません。
「土星を」の「を」はここでは省けるとおもいます。
また、「~だろう(と思う)」「~見上げて(思う)」と「思う」が省略されているのですが、
「~て」で結句をおさめるより「土星見つめる」と片方を抑えたほうが上句の疑問形が広がる印象です。
 
 
B. 畦道のドロ飛沫あびる軽トラにテカる〔土方歳■〕ステッカー
 
畦道以外はパワーのある言葉が沢山ある一首です。
トラック(特に運送の)にはキラキラした謎のステッカーがよく張ってありますね。
ステッカーの土方(ひじかた)が「どかた」のようにも見えて面白いです。
「ドロ飛沫」は「泥しぶき」くらい抑えると下句のステッカーの輝きがいきてくるようにおもいます。
「テカる」も結句と張り合っているので推敲の余地があるでしょう。
また「ドロ飛沫あびる軽トラ」は「浴びたる軽トラ」になるようにおもいます。
 
焦点を〔土方歳■〕ステッカーに絞った場合。
 
→畦道の泥を浴びたる軽トラに〔土方歳■〕ステッカーあり
 
 
 
C. 土砂降りに差し出されたる透明な傘の匂いを忘れずにいる
 
駅前(あるいは学校)などで突然の土砂降りの雨にどうしよう、と立ちすくんでいたところに
ビニール傘を差し出してくれた人がいたのですね。
その人は一緒に歩いてくれたのでしょうか。
それとも土砂降りの中を走っていってしまったのでしょうか。
ドラマチックなシーンです。
ビニール傘は日常たびたび使うものではなく、たまにひらくとたしかに独特の匂いがあります。
匂いは記憶とよく結びつきますから、驚きや嬉しさがぎゅっと圧縮された場面を「忘れずにいる」ことで、
いまでも大事におもっていることがよく伝わります。
 
 
D. 春来たり湿つた土に足跡を刻む遊びを君とせむかな
 
春を迎えた楽しさ、暖かさが伝わってくる一首です。「土に足跡を刻む」は
「足跡残す」「足跡つける」「足跡つける」などのほうが自然な印象になるかとおもいます。
(時を刻む、などと混じっているようです)
「刻む遊び」というのもややもってまわった言い方なので、「遊び」を省いてもよいかもしれません。
「春の湿った土に君と一緒に(春の第一歩の)足跡を残したい」気分に焦点をあてるとこんな感じになるでしょうか。
 
→春来たり湿れる土に足跡をいざや残さん君と残さん
 
 
E. 屋上に落ちている土   重力へ報いる力のあることを知る
 
屋上に来てみると屋上には土がないはずなのに土が落ちていた。
だれかが持ってきたのか、靴にくっついてきたのか。
黄砂や桜島の噴火などで飛んできたものが積もったのかもしれません。
「落ちている土」で砂ではないのが不思議な印象です。
「重力へ報いる力」とはなんでしょう。「一矢報いる」の(仕返しする)報いるなのか
「労力に報いる」の(労力にふさわしいお返しをする)報いるなのか。
ここでは本来あるべきでない場所にも存在しえる、という意味かとおもったので、
「重力に抗う」のほうがわかりやすいかもしれません。
「~を知る」は説明になりがちなので、「物」そのものを具体的に描くことで省ける言葉です。
「わずかな土であっても重力に抗うことができるんだ!」という発見に焦点をあてるとこんな感じでしょうか。
 
→屋上に零れたる土   重力に抗いえたる力あること
 
(とはいえ、屋上にあっても浮遊していないかぎり重力にしたがって存在しているのですが・・・。)
 
 
 
F. きみが紙粘土でつくる生き物はみんなさみしい顔をしている
 
油粘土は一時の遊びですが、紙粘土でつくると乾燥させて手元に残りますね。
生き物を作品にすると割合楽しそうな顔に作ってしまうことが多いのですが、
「きみ」がつくる生き物は寂しそうではなく「さみしい顔」をしている。
作品は作者の心の投影ともいえますから、踏み込んではならない、到底触れえない距離感や、
詠み手の感じた寂しさを読者も感じることができます。
生き物って(具体的には)なんなんだろう、魚?猫?あるいは空想の生き物?と
やや気になるところですがここは「生き物」のままでも良いかと思いました。
 
 
1首選 : F
 
CかFか迷いました。どちらも言いたいことの明確な、一首の後ろの物語が感じられる歌でした。
惜しむらくはCの歌は、割合、場面(シチュエーション)として選ばれやすい。
類想されやすい(映画・漫画・小説なども含めて)ことが惜しいです。
一首だけよりも連作のなかに置かれると生きてくるタイプの歌だとおもいました。
 
 

第13回空き瓶歌会 ゲスト選者 太田青磁さんからの全首評

今回、ゲスト選者をお願いしました太田青磁さんからの全首評です。
太田さんは短歌人に所属されており、いろいろとご多忙にもかかわらず丁寧でわかりやすい評をいただき感謝いたします!!

《太田青磁賞は、Cの香村かなの歌でした。ありがとうございます!》

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◎ゲスト選者 太田青磁さんからの全首評


題詠「土」 読み込み必須 太田青磁 選「C」


A. 孤独っていったいどんな毒だろうプラネタリウムで土星を見上げて

「こどく」のなかにある「どく」を感じてしまう繊細な気持ちのあらわれた歌だと思います。「土星」という言葉の選択も、「孤独」「どんな」「毒」と重たくたたみかけるようなリズムを作っていると思います。土星をみるシチュエーションとしてプラネタリウムがよいのかは、少し意味から寄せているような感覚を受けました。下句の八八の字余りはどうしてもカクカクとしてしまっているので、語順や助詞の使い方などを整理できるかもしれません。


B. 畦道のドロ飛沫あびる軽トラにテカる〔土方歳■〕ステッカー

「■」が土の塊のようでもあり表記がユニークな楽しい歌だなと思いました。軽トラのドライバーは新選組のファンなのでしょうか。テカるとステッカーの音のつながりも面白いです。泥が固まってテカりを見せるのは、あびると同時ではないと思います。「あびる」と「テカる」のあいだに時間の設定を入れるとより引き立つのかもしれません。たとえば「あびた」と過去もしくは状態として限定すると、「■」がいっそう際立つかなと感じます。また、主体の視線がどこにあるかが明確になると描写が生きてくると思いました。


C. 土砂降りに差し出されたる透明な傘の匂いを忘れずにいる

透明な傘はビニール傘なのでしょう。もしかすると買ったばかりの傘をすっとさしだしてくれた人がいて、新しいビニールのどこかむせ返るような匂いが感覚として記憶に残っているのかもしれません。この歌は「差し出されたる」と「忘れずにいる」との時間の流れが明確であり、淡い慕情のような思いが嗅覚という原始的な記憶に結びついていて、伝わってくるものがありました。リズムもスムーズで、題の処理も冒頭のシーンを切り取っていて巧みです。


D. 春来たり湿つた土に足跡を刻む遊びを君とせむかな

北国の雪解け水が土を湿らせるという春の訪れを喜んでいる歌だと思いました。初句で切って場面を提示したうえで、二句以降の遊びにフォーカスが当たっているところはいいなと思います。「足跡を刻む遊び」というところも丁寧に書かれており楽しさが伝わってきます。ただ、結句の「せむかな」で、遊びが硬くなってしまっている感じがあります。「む」は意志や勧誘なのでしょうが詠嘆の「かな」まで言われると、君がすこし置き去りになってしまう印象です。


E. 屋上に落ちている土 重力へ報いる力のあることを知る

歌意通りに読もうとすると、重力を超える何らかの力によって、より高いところから屋上に土が落とされた、ということでしょうか。人の手もしくは機械が運んだとすると「重力に報いる力」は言いすぎな表現かなあという印象です。「落ちている土」を見たことによって、主体のなかにどのような感情の動きがあったのかがつかみ切れず、二句切れや一字空けの効果も判断が難しかったです。もしかすると土石流が引いた後の屋上に残された土というような震災詠なのかもしれないという感じも受けましたが、そうだとすると「落ちている」は少し荒いような気もします。


F. きみが紙粘土でつくる生き物はみんなさみしい顔をしている

一読よく分かり感覚が伝わってくる歌です。紙粘土は乾くと固まることからもさみしさをより深く粘土に込めているきみの存在が浮かび上がります。初句から二句への句またがりは「きみ」と「紙」が響きあって、下句の「みんな」「さみしい」とも滑らかにつながっています。気になるところは「みんな」の「さみしい顔」が抽象的で、紙粘土でつくられた生き物がリアリティを持って浮かび上がらない感じがありました。「さみしい」は主体の主観なのでしょうが、ここは直接言わないほうがよいかなと思いました。

2017年9月 9日 (土)

第13回空き瓶歌会 詠草の作者発表

【第13回空き瓶歌会詠草】

題詠「土」 ※読み込み必須


A. 孤独っていったいどんな毒だろうプラネタリウムで土星を見上げて(七波)


B. 畦道のドロ飛沫あびる軽トラにテカる〔土方歳■〕ステッカー(髙木秀俊)


C. 土砂降りに差し出されたる透明な傘の匂いを忘れずにいる(香村かな)


D. 春来たり湿つた土に足跡を刻む遊びを君とせむかな(キョースケ)


E. 屋上に落ちている土 重力へ報いる力のあることを知る(大嶋航)


F. きみが紙粘土でつくる生き物はみんなさみしい顔をしている(有村桔梗)


注)
※Bの歌の◾️は四角の黒塗りです。
※Eの歌のスペースは全角です。


2017年8月30日 (水)

第13回空き瓶歌会 詠草

第13回空き瓶歌会の詠草を公開します。今回は6首です。
空き瓶歌会では、メールやツイッターのDMで詠草への評や感想を募集しています。
毎回たくさんの方から評や感想をいただきとても嬉しく思っています。初めましての方も!前回も送ってくださった方も(いつもありがとうございます!)ぜひ!

【第13回空き瓶歌会詠草】

題詠「土」 ※読み込み必須


A. 孤独っていったいどんな毒だろうプラネタリウムで土星を見上げて


B. 畦道のドロ飛沫あびる軽トラにテカる〔土方歳■〕ステッカー


C. 土砂降りに差し出されたる透明な傘の匂いを忘れずにいる


D. 春来たり湿つた土に足跡を刻む遊びを君とせむかな


E. 屋上に落ちている土 重力へ報いる力のあることを知る


F. きみが紙粘土でつくる生き物はみんなさみしい顔をしている

注)
※Bの歌の◾️は四角の黒塗りです。
※Eの歌のスペースは全角です。

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◆第13回空き瓶歌会 概要 日時:2017年9月9日(土) 13:30~ 場所:砂丘館(新潟市中央区) ゲスト選者:太田青磁さん、月下 桜さん 参加者:有村桔梗、大嶋航、キョースケ、髙木秀俊、七波、香村かな ◆一首選をお願いします! ○歌会前日の夜(9月8日24:00)までに詠草の中から良いと思った一首を選んで、その歌の評や感想とともにメールまたはツイッターのDMでお送りください。 あなたの名前を冠した「○○○賞」として歌会の場で発表させていただきます。 (なお、8日の夜を過ぎても、歌会終了後にネット上のSNSまたはブログを通して、参加者に発表したいと思いますので、締切後もどしどしお送りください!) ・ツイッター :@akibinkakai ・メール   :akibinkakai@yahoo.co.jp ※メールでの評の場合、筆名とツイッターアカウントがある場合はそれも併せて表記してください。 ※確認の返信が前後する場合があります。ご了承ください。 ○お送りいただいた一首選、一首評は当日の歌会の場で発表します。 ○また後日この空き瓶歌会のブログ上でも公開します。 ※ネット上での公開を望まない方はその旨をお書き添えください。 ◆その他評や感想をお待ちしています。 ○もちろん、一首だけでなく五首選、全首選なども大歓迎です!よろしくお願いいたします。

2017年6月25日 (日)

第13回空き瓶歌会のお知らせ

第13回空き瓶歌会のお知らせ

<空き瓶歌会とは>

空き瓶歌会は新潟を中心に行っている短歌の歌会で、短歌を書く人であれば誰でも参加できるオープンな会です。2012年の8月からこれまでに12回実施してきました。

先生と生徒がいるわけではなく、初心者も歌歴の長い人も、フラットな関係で集まっています。短歌歴の短い人たちが中心となっているので、これまで歌会へ参加した経験のない人でも参加しやすい歌会だと思います。 新潟市で開催しているのですが、新潟県内の参加者に加えて、毎回全国各地から参加者が集まってくれます。

9月に第13回空き瓶歌会を実施します。多くの方のご参加をお待ちしています!

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【開催概要】

日時:2017年9月9日(土) 13:30~17:00

場所:砂丘館 (新潟県新潟市中央区西大畑町5218−1) http://www.sakyukan.jp/ ※新潟市中心部のNEXT21から徒歩約15分

会費:200円(会場費など)

◎歌会後、懇親会あり(希望者)

【詠草】

・未発表作1首(題詠)を事前にツイッターのDMまたはメールで送っていただきます。

・詠草は歌会の前に無記名で、歌会後に記名入りでインターネット上で公開します。

・題詠の題は「土」(読み込み必須)

・詠草締切=8月26日(土)24:00

【参加希望・お問い合わせ】

ツイッター :@akibinkakai

メール:akibinkakai@yahoo.co.jp

参加希望者は8月23日(水)までに、ツイッターもしくはメールにてお申し込みください。 (歌会前の連絡をツイッター上のサービス「meity」で行いますので、メールでお申込みの場合、ツイッターアカウントがある方は記載していただけると幸いです。)

参加者が会場のキャパを超える場合は、先着順で締め切ります。 参加をご検討いただける方は、未確定でも念のために早めにご連絡いただけると助かります。 お申し込みお待ちしております!

(空き瓶歌会)

2017年3月22日 (水)

第12回空き瓶歌会 皆様からいただいた選評

今回も素敵な方々からたくさん一首選をいただきました。
いつも本当にありがとうございます!

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◎太田青磁さんからの一首選

A. とりあえず生きてくださいとりあえず生って告げるときの顔して

重たいテーマと日常会話をギャップを生んだリフレインのある対句でうまく表現しているなと感じました。主体はあえて軽く呼びかけることで、一日一日を愛おしんで生きることのかけがえのなさを歌っているのだと思います。誰しも生きることの不条理に苛まされるときがあるのだと思います。そんなときに、「とりあえず生」と軽く言ってくれる友人や知人、恋人、家族の存在が生をつなぐのかなと思いました。

《太田青磁賞はAの有村桔梗さんでした。おめでとうございます!》

◎渡邉瑛介さんからの一首選

一首選:C.飽きもせず周る地球に俺ぽつり乾いた寿司のような人生

「まわる」と「乾いた寿司」ですから回転寿司でしょうか。
まわる地球の上にいる俺の人生というのを、回転寿司のレーンの上にある乾いた寿司と重ねるのは、発想としてとても面白く感じます。
乾いた寿司というのは、つまり、作られてレーンの上に載せられてから、誰も手に取ってくれないまま乾いた寿司なわけです。このまま誰も食べてくれなければ、廃棄になるでしょう。このような悲しい運命にある乾いた寿司に「俺」を重ねているのですから、「俺」の人生は輝くことなく地球の上にいるだけのものと読めます。しかし、個人的には、世の中には乾いた寿司を食べるような人も極稀には存 在するでしょうから、乾いた寿司のような人生の「俺」でもいつかは輝くことができるのではないかなと、ほんのわずかではありますが希望的に読んでも面白いかなと個人的には思っております。また、回転寿司のレーンの上にある乾いた寿司というのはいくつかあると思うので、こんな人生を送っているのは「俺」だけではなく他にも仲間がいるかもしれない、などと感じたりもしました。

私のこんな人生...という歌はすこし大げさに感じてしまいがちですが、地球の上にいる「俺」という構造のおかげでそのような大げさ感はなくなり、回転寿司の見立てを効果的に出すことに成功している良い歌だなと感じました。

ただ、いい歌ではあるのですが、初句の「飽きもせず」は表現として少し気になります。「飽きもせず」ということばには熱中して取り組んでいるイメージがあります。しかしながら、地球がまわるのは、(回転寿司のレーンがまわるのも同じですが、)意志があって回っているというよりは、ただそこで回っているものとして提示したほうがよかったのではないでしょうか。飽きもせず周る地球と「俺」との対比という構造もわかるにはわかるのですが、そこまでする必要はないように考えます。

《渡邉瑛介賞はCの髙木秀俊さんの歌でした。おめでとうございます!》

◎ユキノ進さんからの一首選
 
B. 陽だまりへ引き寄せられる生き物に分類されている春図鑑

明るいところ、温かいところを好む動物は多々いると思うのですが、それを「陽だまりへ引き寄せられる動物」というざっくりした特徴で一括りにする雑な分類がユーモラスです。小さな虫もリスも小鳥も熊も、みんなで三々五々日なたに集まってくる平和な光景が目に浮かびますね。
「春の草花」とか「春の虫」などの図鑑は実際にありそうですが、「春図鑑」というと詩的な感じが引き立ちます。ちょっと甘すぎるかな、とも思いますが。
「陽だまり」「引き寄せ」「生き物」「いる」と単語が頭韻を踏むリズムも楽しいです。
 
今回は「生」というお題によって、重く自意識の強い歌が多かったように思います。その中でこのBの歌の伸びやかさがいっそう引き立ちます。
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《ユキノ進賞はBの香村かなの歌でした。ありがとうございます!》

◎高松紗都子さんからの一首選

B.陽だまりへ引き寄せられる生き物に分類されている春図鑑

春図鑑というのは春の草花などが載っている図鑑のことでしょうか 。植物には日向を好むものと日陰を好むものがありますね。好光性 種子、嫌光性種子なんていうのもある。
でも「陽だまりへ引き寄せられる生き物」は、どこか動物っぽいで すね。自らずるずると移動していきそうな感じがします。
これは、やっぱり自分自身のことを言っているのかなぁ。春の陽だまりは気 持ちがいいものです。花粉症でさえなければ引き寄せられちゃうか も。
「春図鑑」という結びは唐突な感じもしますが「春図鑑の中に」な どの言葉を補って考えればいいのでしょう。( 春図鑑が陽だまりに引き寄せられる生き物であるようにも読めるけど、 それは違いますよね…)
図鑑の中で新たな発見をしたような、そんな楽しさがあって心を ひかれました。何が分類されるんだろう?って思わせる、 ちょっと謎めいているところもよいと思います。

《高松紗都子賞はBの香村かなの歌でした。ありがとうございます!》

◎嶋田さくらこさんからの一首選

A. とりあえず生きてくださいとりあえず生って告げるときの顔して

「とりあえず生」は居酒屋で生ビールたのむ時の常套句ですが、だいたいメニューも見ずに着席すぐに言ったりします。わたしのように生ビールが大好きという人も多いと思いますが、とにかくすぐ飲みたい、選ぶのが面倒だ、という心理も働いています。「とりあえず」と言う時、人は色々なものを棚上げにしています。そこには「生」の瞬間が輝いています。生ビールの色みたいに。「生きてください」という重いテーマを言いながら、居酒屋の乾杯の雰囲気でしめくくられ、人生難しく考えなくてもいいじゃないかと言ってもらってるみたいで肩の力が抜けます。好きです。

《嶋田さくらこ賞はAの有村桔梗さんの歌でした。おめでとうございます!》


◎牛隆佑さんからの一首選

A とりあえず生きてくださいとりあえず生って告げるときの顔して

活字表記をよく活かしている面白い短歌だと思いました。偽のリフレインというのでしょうか。後半との関わり合いで「とりあえず生きてください」の重さが緩和されますし、前半との関わり合いで「とりあえず生」に何と言いますか生の喜び感が溢れ出すような、前半と後半とが互いに意味を与え合うみたいな構造が面白かったです。(牛隆佑)

(牛隆佑賞はAの有村桔梗さんの歌でした。おめでとうございます!》

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第12回空き瓶歌会 たたさんからの全首評

空き瓶歌会の準レギュラー、たたさんから全首評をいただきました。
歌会当日はかるたの試合のため残念ながらお越しいただけませんでしたが、次回はぜひ!
《たた賞はGの七波さんの歌でした。おめでとうございます!!》

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◎たたさんからの全首評

A. とりあえず生きてくださいとりあえず生って告げるときの顔して

面白い内容でしたが、実は一読目は分かりませんでした。一度目の「とりあえず生きて」の読みに引っ張られて「とりあえず生(なま)」と読めなかったからです。ここがすんなり読めるかどうかがキモなので、読点をつける、「」で括るなど表記上もうひと工夫あったらよいかなと思いました。
前後入れ替えてしまって

「とりあえず生」って告げるときの顔して「とりあえず生」きてください

もありかもしれません。

B. 陽だまりへ引き寄せられる生き物に分類されている春図鑑

「陽だまりへ引き寄せられる生き物」がとても魅力的です。しかし内容に理解が追いつくのに少し時間がかかりました。この書き方では一瞬、春図鑑がその生き物によって分類されているように思えてしまいましたが、正しくは春図鑑の中でその生き物が分類されている項目を説明しているのですよね。

C. 飽きもせず周る地球に俺ぽつり乾いた寿司のような人生

「乾いた寿司のような人生」の比喩が面白いです。「回転寿司で取られずに回り続ける→寿司が乾く→回る地球の中で選ばれなかった自分のような人生」では理屈になりすぎるので、上の句をもう少しずらしたらよかったかなと思います。あとこの場合「まわる」の漢字は「回る」ではないでしょうか。

D. ドロ沼の沼の整備は任せてよだから修羅場を生きて来てよね

このドロ沼は心象的なものでしょうか。ドロ沼の後片付けはするから修羅場を生きて欲しいということですが、「だから」が理屈っぽい気がします。あと、どんなドロ沼でどんな修羅場か見えてきたら臨場感が出てくるかなと思います。

E. 生ゴミに群がるハエを打ち落とし命いのちと数を数える

第1回で一人暮らしのハエを登場させてもらいましたが、こちらのハエは群がっていますね。落とした後に数えるというのが面白いです。
「打ち落とす」というのはどんな感じでしょうか?叩き落とすのと違う動作なのか、少し気になりました。

F. 浪人を決めた春よりなほ暗し里に光のみちゆく弥生

浪人を決めた春よりもなおいっそう暗い三月ということでしょうか。暗いけれど里には光がみちてゆく、心と外界のアンバランスというふうに感じます。
「春よりなほ暗し」は「春から依然として暗い」にもなります。「決めた」とあるので口語的な意味で取ればよいかなとは思いましたけれど、紛れのないようにした方がよいかもしれませんね。

G. 嘘ばかり芽生えて君の隣にはわたしではない誰かが座る

不思議な感じがする一首です。嘘が芽生えたのは君なのか、わたしなのか、それとも両方なのか。いずれにせよ、結果として君の隣には誰かが座るわけです。その誰かにも、嘘が芽生えているのか。
いくらか抽象的ではありますが「わたしではない誰か」が嘘によって生成されたものであると感じられます。

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