2017年6月25日 (日)

第13回空き瓶歌会のお知らせ

第13回空き瓶歌会のお知らせ

<空き瓶歌会とは>

空き瓶歌会は新潟を中心に行っている短歌の歌会で、短歌を書く人であれば誰でも参加できるオープンな会です。2012年の8月からこれまでに12回実施してきました。

先生と生徒がいるわけではなく、初心者も歌歴の長い人も、フラットな関係で集まっています。短歌歴の短い人たちが中心となっているので、これまで歌会へ参加した経験のない人でも参加しやすい歌会だと思います。 新潟市で開催しているのですが、新潟県内の参加者に加えて、毎回全国各地から参加者が集まってくれます。

9月に第13回空き瓶歌会を実施します。多くの方のご参加をお待ちしています!

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【開催概要】

日時:2017年9月9日(土) 13:30~17:00

場所:砂丘館 (新潟県新潟市中央区西大畑町5218−1) http://www.sakyukan.jp/ ※新潟市中心部のNEXT21から徒歩約15分

会費:200円(会場費など)

◎歌会後、懇親会あり(希望者)

【詠草】

・未発表作1首(題詠)を事前にツイッターのDMまたはメールで送っていただきます。

・詠草は歌会の前に無記名で、歌会後に記名入りでインターネット上で公開します。

・題詠の題は「土」(読み込み必須)

・詠草締切=8月26日(土)24:00

【参加希望・お問い合わせ】

ツイッター :@akibinkakai

メール:akibinkakai@yahoo.co.jp

参加希望者は8月23日(水)までに、ツイッターもしくはメールにてお申し込みください。 (歌会前の連絡をツイッター上のサービス「meity」で行いますので、メールでお申込みの場合、ツイッターアカウントがある方は記載していただけると幸いです。)

参加者が会場のキャパを超える場合は、先着順で締め切ります。 参加をご検討いただける方は、未確定でも念のために早めにご連絡いただけると助かります。 お申し込みお待ちしております!

(空き瓶歌会)

2017年3月22日 (水)

第12回空き瓶歌会 皆様からいただいた選評

今回も素敵な方々からたくさん一首選をいただきました。
いつも本当にありがとうございます!

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◎太田青磁さんからの一首選

A. とりあえず生きてくださいとりあえず生って告げるときの顔して

重たいテーマと日常会話をギャップを生んだリフレインのある対句でうまく表現しているなと感じました。主体はあえて軽く呼びかけることで、一日一日を愛おしんで生きることのかけがえのなさを歌っているのだと思います。誰しも生きることの不条理に苛まされるときがあるのだと思います。そんなときに、「とりあえず生」と軽く言ってくれる友人や知人、恋人、家族の存在が生をつなぐのかなと思いました。

《太田青磁賞はAの有村桔梗さんでした。おめでとうございます!》

◎渡邉瑛介さんからの一首選

一首選:C.飽きもせず周る地球に俺ぽつり乾いた寿司のような人生

「まわる」と「乾いた寿司」ですから回転寿司でしょうか。
まわる地球の上にいる俺の人生というのを、回転寿司のレーンの上にある乾いた寿司と重ねるのは、発想としてとても面白く感じます。
乾いた寿司というのは、つまり、作られてレーンの上に載せられてから、誰も手に取ってくれないまま乾いた寿司なわけです。このまま誰も食べてくれなければ、廃棄になるでしょう。このような悲しい運命にある乾いた寿司に「俺」を重ねているのですから、「俺」の人生は輝くことなく地球の上にいるだけのものと読めます。しかし、個人的には、世の中には乾いた寿司を食べるような人も極稀には存 在するでしょうから、乾いた寿司のような人生の「俺」でもいつかは輝くことができるのではないかなと、ほんのわずかではありますが希望的に読んでも面白いかなと個人的には思っております。また、回転寿司のレーンの上にある乾いた寿司というのはいくつかあると思うので、こんな人生を送っているのは「俺」だけではなく他にも仲間がいるかもしれない、などと感じたりもしました。

私のこんな人生...という歌はすこし大げさに感じてしまいがちですが、地球の上にいる「俺」という構造のおかげでそのような大げさ感はなくなり、回転寿司の見立てを効果的に出すことに成功している良い歌だなと感じました。

ただ、いい歌ではあるのですが、初句の「飽きもせず」は表現として少し気になります。「飽きもせず」ということばには熱中して取り組んでいるイメージがあります。しかしながら、地球がまわるのは、(回転寿司のレーンがまわるのも同じですが、)意志があって回っているというよりは、ただそこで回っているものとして提示したほうがよかったのではないでしょうか。飽きもせず周る地球と「俺」との対比という構造もわかるにはわかるのですが、そこまでする必要はないように考えます。

《渡邉瑛介賞はCの髙木秀俊さんの歌でした。おめでとうございます!》

◎ユキノ進さんからの一首選
 
B. 陽だまりへ引き寄せられる生き物に分類されている春図鑑

明るいところ、温かいところを好む動物は多々いると思うのですが、それを「陽だまりへ引き寄せられる動物」というざっくりした特徴で一括りにする雑な分類がユーモラスです。小さな虫もリスも小鳥も熊も、みんなで三々五々日なたに集まってくる平和な光景が目に浮かびますね。
「春の草花」とか「春の虫」などの図鑑は実際にありそうですが、「春図鑑」というと詩的な感じが引き立ちます。ちょっと甘すぎるかな、とも思いますが。
「陽だまり」「引き寄せ」「生き物」「いる」と単語が頭韻を踏むリズムも楽しいです。
 
今回は「生」というお題によって、重く自意識の強い歌が多かったように思います。その中でこのBの歌の伸びやかさがいっそう引き立ちます。
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《ユキノ進賞はBの香村かなの歌でした。ありがとうございます!》

◎高松紗都子さんからの一首選

B.陽だまりへ引き寄せられる生き物に分類されている春図鑑

春図鑑というのは春の草花などが載っている図鑑のことでしょうか 。植物には日向を好むものと日陰を好むものがありますね。好光性 種子、嫌光性種子なんていうのもある。
でも「陽だまりへ引き寄せられる生き物」は、どこか動物っぽいで すね。自らずるずると移動していきそうな感じがします。
これは、やっぱり自分自身のことを言っているのかなぁ。春の陽だまりは気 持ちがいいものです。花粉症でさえなければ引き寄せられちゃうか も。
「春図鑑」という結びは唐突な感じもしますが「春図鑑の中に」な どの言葉を補って考えればいいのでしょう。( 春図鑑が陽だまりに引き寄せられる生き物であるようにも読めるけど、 それは違いますよね…)
図鑑の中で新たな発見をしたような、そんな楽しさがあって心を ひかれました。何が分類されるんだろう?って思わせる、 ちょっと謎めいているところもよいと思います。

《高松紗都子賞はBの香村かなの歌でした。ありがとうございます!》

◎嶋田さくらこさんからの一首選

A. とりあえず生きてくださいとりあえず生って告げるときの顔して

「とりあえず生」は居酒屋で生ビールたのむ時の常套句ですが、だいたいメニューも見ずに着席すぐに言ったりします。わたしのように生ビールが大好きという人も多いと思いますが、とにかくすぐ飲みたい、選ぶのが面倒だ、という心理も働いています。「とりあえず」と言う時、人は色々なものを棚上げにしています。そこには「生」の瞬間が輝いています。生ビールの色みたいに。「生きてください」という重いテーマを言いながら、居酒屋の乾杯の雰囲気でしめくくられ、人生難しく考えなくてもいいじゃないかと言ってもらってるみたいで肩の力が抜けます。好きです。

《嶋田さくらこ賞はAの有村桔梗さんの歌でした。おめでとうございます!》


◎牛隆佑さんからの一首選

A とりあえず生きてくださいとりあえず生って告げるときの顔して

活字表記をよく活かしている面白い短歌だと思いました。偽のリフレインというのでしょうか。後半との関わり合いで「とりあえず生きてください」の重さが緩和されますし、前半との関わり合いで「とりあえず生」に何と言いますか生の喜び感が溢れ出すような、前半と後半とが互いに意味を与え合うみたいな構造が面白かったです。(牛隆佑)

(牛隆佑賞はAの有村桔梗さんの歌でした。おめでとうございます!》

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第12回空き瓶歌会 たたさんからの全首評

空き瓶歌会の準レギュラー、たたさんから全首評をいただきました。
歌会当日はかるたの試合のため残念ながらお越しいただけませんでしたが、次回はぜひ!
《たた賞はGの七波さんの歌でした。おめでとうございます!!》

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◎たたさんからの全首評

A. とりあえず生きてくださいとりあえず生って告げるときの顔して

面白い内容でしたが、実は一読目は分かりませんでした。一度目の「とりあえず生きて」の読みに引っ張られて「とりあえず生(なま)」と読めなかったからです。ここがすんなり読めるかどうかがキモなので、読点をつける、「」で括るなど表記上もうひと工夫あったらよいかなと思いました。
前後入れ替えてしまって

「とりあえず生」って告げるときの顔して「とりあえず生」きてください

もありかもしれません。

B. 陽だまりへ引き寄せられる生き物に分類されている春図鑑

「陽だまりへ引き寄せられる生き物」がとても魅力的です。しかし内容に理解が追いつくのに少し時間がかかりました。この書き方では一瞬、春図鑑がその生き物によって分類されているように思えてしまいましたが、正しくは春図鑑の中でその生き物が分類されている項目を説明しているのですよね。

C. 飽きもせず周る地球に俺ぽつり乾いた寿司のような人生

「乾いた寿司のような人生」の比喩が面白いです。「回転寿司で取られずに回り続ける→寿司が乾く→回る地球の中で選ばれなかった自分のような人生」では理屈になりすぎるので、上の句をもう少しずらしたらよかったかなと思います。あとこの場合「まわる」の漢字は「回る」ではないでしょうか。

D. ドロ沼の沼の整備は任せてよだから修羅場を生きて来てよね

このドロ沼は心象的なものでしょうか。ドロ沼の後片付けはするから修羅場を生きて欲しいということですが、「だから」が理屈っぽい気がします。あと、どんなドロ沼でどんな修羅場か見えてきたら臨場感が出てくるかなと思います。

E. 生ゴミに群がるハエを打ち落とし命いのちと数を数える

第1回で一人暮らしのハエを登場させてもらいましたが、こちらのハエは群がっていますね。落とした後に数えるというのが面白いです。
「打ち落とす」というのはどんな感じでしょうか?叩き落とすのと違う動作なのか、少し気になりました。

F. 浪人を決めた春よりなほ暗し里に光のみちゆく弥生

浪人を決めた春よりもなおいっそう暗い三月ということでしょうか。暗いけれど里には光がみちてゆく、心と外界のアンバランスというふうに感じます。
「春よりなほ暗し」は「春から依然として暗い」にもなります。「決めた」とあるので口語的な意味で取ればよいかなとは思いましたけれど、紛れのないようにした方がよいかもしれませんね。

G. 嘘ばかり芽生えて君の隣にはわたしではない誰かが座る

不思議な感じがする一首です。嘘が芽生えたのは君なのか、わたしなのか、それとも両方なのか。いずれにせよ、結果として君の隣には誰かが座るわけです。その誰かにも、嘘が芽生えているのか。
いくらか抽象的ではありますが「わたしではない誰か」が嘘によって生成されたものであると感じられます。

第12回空き瓶歌会 ゲスト選者 姉野もねさんからの全首評

今回、ゲスト選者をお願いしました姉野もねさんからの全首評です。
姉野さんには毎回空き瓶歌会に選評をいただいており、いつもご協力ありがとうございます!
今回も丁寧な上に想像力あふれる楽しい評をいただき会も盛り上がりました。
姉野さんも新潟へいつかお呼びしたい。。ぜひお越しください!
《姉野もね賞は、Aの有村桔梗さんの歌です。おめでとうございます!!

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◎ゲスト選者・姉野もねさんからの全首評
 
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A. とりあえず生きてくださいとりあえず生って告げるときの顔して
 
一読して意味がすっと入ってきて、あとからじわーっと沁みてくる不思議さがあります。「とりあえず生きてください」という切実なトーンで読み手を緊張させておいて、いい塩梅に脱力させるうまい作り方だと思います。お題が違う表情で二度楽しめるのも面白いです。「とりあえず生」の言葉のかげに生きることが隠れているなんて!私には新しい発見でした。『全サラリーマンにささぐ』とか『大事なあなたへ』などと詞書をつけて駅のホームや電車内に貼ってみたら、きっと多くの人の心に刺さる歌なのではないでしょうか。
 
B. 陽だまりへ引き寄せられる生き物に分類されている春図鑑
 
ぽかぽかと暖かな春の日差しの中で寛いでいる人が浮かびます。その人はたぶんこんなことを考えています。「神様が自分を眺めて、陽だまりへ引き寄せられる生き物として分類していたら面白いな。人間だって神様から見たら生き物の一種だし。そして、この地球は大きな図鑑そのもので、神様が時々めくるんだ。今はちょうど春のページ。春がずっと続けばいいのに」。……雰囲気は伝わってくるのですがうまく読み解くことができずそんなことを想像しました。かなり変な読みかもしれませんが、ファンタジーを感じる一首です。
 
C. 飽きもせず周る地球に俺ぽつり乾いた寿司のような人生
 
地球は回っていて、そこで暮らしているということは私たちも回っている。まるで回転ずしのように……という着想から生まれた歌と読みました。「飽きもせず」「俺ぽつり」「乾いた寿司」の言葉から疲弊していて孤独な様子が伝わってきます。地球が回っていることを実感することがないからか「飽きもせず周る地球」と言い切るところにねじれのようなものを感じ、アクセントになっていると思います。「飽きもせず周る」で切って読むこともできて、どちらにせよ救いのない状況なのになぜかくすっとしてしまう私がいて困ります。
 
D. ドロ沼の沼の整備は任せてよだから修羅場を生きて来てよね
 
ずばり不倫の歌として読みました。家庭のある男性と深い関係になって、略奪しようとしている女。奥さんに離婚届を叩きつけて、自分のところに戻ってくるよう男に囁いている怖い情景が浮かびます。可愛らしい話し言葉ですが、内容から想像してそんなに若くない女がにこやかな仮面の下に黒い感情を隠しているようでゾーッとします。今までに何度も「沼の整備」をしてきたのでは?「生きて来て」とは流血沙汰を想定しているのでは?と、どんどん嫌な方向に想像が広がりました。怖いけれど妙に惹かれる歌でもあります。
 
E. 生ゴミに群がるハエを打ち落とし命いのちと数を数える
 
言葉に沿って情景がリアルに浮かびますが、読後誰が何のために?と考えさせられる内容です。ニュースなどで動物虐待について耳にしますが、ハエなので虐待にならないだけで根底に流れている思いは同じなのでしょうか。命を奪うことで生きている実感を得ているのでしょうか。生きているときはハエと呼ばれ、死後なのに命いのちと呼ばれる矛盾が落ち着かない気分にさせます。これは怖い想像ですが、生ゴミが人間の死体で、しかも何体も並んでいてそれを命いのちと数えているとしたら……見たくない光景です。
 
F. 浪人を決めた春よりなほ暗し里に光のみちゆく弥生
 
生まれ育った故郷に光が満ちてゆく三月に浪人を決めた春よりも暗い気持ちでいる、そう捉えました。でもどうしてかな?と考えたときに、もしかしたら3.11の震災の歌なのかも、と思い至りました。そうならば腑に落ちます。お題の処理が7首中一番自然で、ちょうど今の季節にもあっていて好きです。全体に淡々としているけれど逆に苦悩の深さを感じさせます。深読みをすれば、浪人が「浪」「人」と見えて、大勢の人や建物、大地を飲み込んだ津波が思い起こされました。そこまで計算されているか分かりませんが。
 
G. 嘘ばかり芽生えて君の隣にはわたしではない誰かが座る
 
歌意がつかめずに何度も読み返しました。「芽生え」という言葉にはもっと素敵な何かが似合うと思いますが「嘘」なわけで、しかも「嘘ばかり」とは……。そんな状態になるまでにどんなことがあったのか、もう少しヒントがあればいいな、と思いました。「座る」が具体的な何かを表しているとしたら、車の助手席なのか、映画館のシートなのか。今まで自分がいた場所に違う誰かが座っている。それをあきらめの目で見つめている様子が切ないです。「芽生え」という言葉から恋がまだ終わっていないようにも感じられました。
 
 
以上、私なりに感じたことを書かせていただきました。7首とじっくり向き合う時間は、楽しくてちょっと苦しくて、でも楽しくて、本当に貴重な経験をさせていただきました。ありがとうございました。
 
僭越ながら一首選ばせていただくとしたら、
A. とりあえず生きてくださいとりあえず生って告げるときの顔して
をお願いしたいと思います。
 

第12回空き瓶歌会 ゲスト選者 大橋春人さんからの全首評

今回、ゲスト選者をお願いしました大橋春人さんからの全首評です。
大橋さんは四国キャラバン歌会を主宰されており、歌会の雰囲気も感じられる鋭い評がとても印象的でますます四国に行ってみたくなりました。
大橋さんもいつかぜひ新潟へお越しいただけると嬉しいです。
お忙しいなかありがとうございました!
《大橋春人賞はEのキョースケさんの歌でした。おめでとうございます!》

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【ゲスト選者・大橋春人さんからの全首評】

A. とりあえず生きてくださいとりあえず生って告げるときの顔して

この歌では二回「生」という文字が出てくるが、全く違う読み方をしていて、それが面白い。二句目までシリアスな展開なのに、三、四句目で一気に軽くなる。それで終わりなのかと思えば結句は重たい。軽いノリで生きて欲しいという祈りとでも言うべきか。
また、初句、三句目で「とりあえず」が繰り返される。リズムがそこで出てきて、内容の重さと歌の軽さのギャップがある。そのギャップが好みかどうかでこの歌の評価は分かれるのではないだろうか。

B. 陽だまりへ引き寄せられる生き物に分類されている春図鑑

この歌は句切れなしで読むべきだろうか。読み下した時二句目で切れているように感じた。でも何度も読んでいるとこれは句切れなしの歌ではないか、と思うようになった。
この歌の弱点はそこではないだろうか。最初、(私は)「陽だまりへ引き寄せられる」と読んで、三句目以降は別の内容かと思った。
そしてもうひとつつまづいてしまったのが「春図鑑」。これは何なのだろう。この歌から分かるのは「陽だまりへ引き寄せられる生き物」と言うことだけ。イメージを膨らませるといいのかもしれないが、もう少しヒントが欲しい。

C. 飽きもせず周る地球に俺ぽつり乾いた寿司のような人生

「地球」という大きなものと、「俺」という小さなものの対比。投げなりな文体は効果的だろうか。この歌の場合いいのかもしれない。
下の句、「乾いた寿司のような人生」、長く回り続けた回転寿司のイメージで、ある程度年齢を重ねた主体のように思う。この比喩はなかなか個性的。ただ、「人生」とぽんと置かれてしまうとはぁ、そうですか…となってしまうのが惜しい。
もうひとつ気になったのは、「ぽつり」という擬音語、なぜか水滴のイメージがあるので、「乾いた」とうまく繋がらないように感じた。これは私の問題かもしれませんが…。

D. ドロ沼の沼の整備は任せてよだから修羅場を生きて来てよね

これどうしよう。正直全然読めなくて困りました。
とりあえず「整備を任せてよ」と言っている主体と、「修羅場を生きて来て」と言われる誰かがいるのは分かる。「ドロ沼の沼の整備」って何なのだろう。二回も沼を出す必要があっただろうか。また沼という自然物に対して機械に使うような「整備」という言葉は適切だろうか。
下の句、「修羅場を生きて来て」というのは無理やり大変な場所に行け、と言ってるように読めるのだけどどうだろう。
お手上げです。

E. 生ゴミに群がるハエを打ち落とし命いのちと数を数える

シチュエーションがとても汚くて最高に好みです。おそらくこの歌で問題にされるのは下の句の「いのち」と「数」のリフレインがひとつめ。特に結句の「数を数える」は少し難があるのかもしれないが、下の句の音の繰り返しがとても楽しいので、ここではアリではないだろうか。
ふたつめの問題として三句目の「打ち落とし」が適切かどうか。これはハエたたきなのだろうけど、複合動詞になっているから少し鬱陶しく感じられる。
それにしても、掃除しようよ、と申し上げたい。

F. 浪人を決めた春よりなほ暗し里に光のみちゆく弥生

ずっと読めば、今年の弥生の里は浪人を決めた春より暗い、という歌なのだが、問題は下の句の「光のみちゆく」にある。このフレーズのせいで、暗いのか明るいのか分からない。「浪人を決めた春」が信じられないくらい明るい、という可能性はあるけれど、「なほ」である以上やはりおかしい。
歌の持つ雰囲気はとてもいいだけに、惜しいなぁ、というのが正直な感想です。

G. 嘘ばかり芽生えて君の隣にはわたしではない誰かが座る

悲しい恋の歌と読みました。恋人、あるいはそれに近い関係までいった人がいた。だけど嘘をたくさんついたことによって「君」の隣にいるのはわたしではなく、「誰か」。ぼかしているから実際まだ誰も座ってないのかもしれない。この結句は未来形なのだろうか。
「芽生えて」が気になるのだけれど、これがなかったら中学生の悲しい恋、おわり。になってしまう。
それにしてもこの2人、3人かもしれないが、どのようなドラマがあったのだろう。連作の一部としても読んでみたいと思いました。

というわけで全首評でした。普段のキャラバンでのやり取りくらいのノリをイメージしたのですが、辛口すぎたら申し訳ありません。思ったことは一通り書いたつもりです。

大橋春人賞はEの歌です。ゴミ袋とハエ取り紙を差し上げたいです。
あと、Aの歌とCの歌もいいなぁ、と思いました。

空き瓶歌会が末長く続くように、うどんの国からお祈り申しあげております。

2017年3月19日 (日)

第12回空き瓶歌会 詠草の作者発表

【第12回空き瓶歌会詠草】

題詠「生」 ※読み込み必須

A. とりあえず生きてくださいとりあえず生って告げるときの顔して (有村桔梗)

B. 陽だまりへ引き寄せられる生き物に分類されている春図鑑(香村かな)

C. 飽きもせず周る地球に俺ぽつり乾いた寿司のような人生(髙木秀俊)

D. ドロ沼の沼の整備は任せてよだから修羅場を生きて来てよね(ハレヤワタル)

E. 生ゴミに群がるハエを打ち落とし命いのちと数を数える(キョースケ)

F. 浪人を決めた春よりなほ暗し里に光のみちゆく弥生(安野文麿)

G. 嘘ばかり芽生えて君の隣にはわたしではない誰かが座る(七波)


2017年3月 6日 (月)

第12回空き瓶歌会詠草

第12回空き瓶歌会の詠草を公開します。今回は7首です。
空き瓶歌会では、メールやツイッターのDMで詠草への評や感想を募集しています。
毎回たくさんの方から評や感想をいただきとても嬉しく思っています。初めましての方も!前回も送ってくださった方も(いつもありがとうございます!)ぜひ!


【第12回空き瓶歌会詠草】

題詠「生」 ※読み込み必須


A. とりあえず生きてくださいとりあえず生って告げるときの顔して


B. 陽だまりへ引き寄せられる生き物に分類されている春図鑑


C. 飽きもせず周る地球に俺ぽつり乾いた寿司のような人生


D. ドロ沼の沼の整備は任せてよだから修羅場を生きて来てよね


E. 生ゴミに群がるハエを打ち落とし命いのちと数を数える


F. 浪人を決めた春よりなほ暗し里に光のみちゆく弥生


G. 嘘ばかり芽生えて君の隣にはわたしではない誰かが座る


以上、7首

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◆第12回空き瓶歌会 概要

日時:2017年3月19日(日) 13:30~

場所:砂丘館(新潟市中央区)

ゲスト選者:大橋春人さん、姉野もねさん

参加者:有村桔梗、安野文麿、キョースケ、髙木秀俊、ハレヤワタル、七波、香村かな

◆一首選をお願いします!

○歌会前日の夜(3月18日24:00)までに詠草の中から良いと思った一首を選んで、その歌の評や感想とともにメールまたはツイッターのDMでお送りください。

あなたの名前を冠した「○○○賞」として歌会の場で発表させていただきます。

(なお、18日の夜を過ぎても、歌会終了後にネット上のSNSまたはブログを通して、参加者に発表したいと思いますので、締切後もどしどしお送りください!)

・ツイッター :@akibinkakai

・メール   :akibinkakai@yahoo.co.jp

※メールでの評の場合、筆名とツイッターアカウントがある場合はそれも併せて表記してください。

※確認の返信が前後する場合があります。ご了承ください。

○お送りいただいた一首選、一首評は当日の歌会の場で発表します。

○また後日この空き瓶歌会のブログ上でも公開します。

※ネット上での公開を望まない方はその旨をお書き添えください。

◆その他評や感想をお待ちしています。

○もちろん、一首だけでなく五首選、全首選なども大歓迎です!よろしくお願いいたします。


2017年1月19日 (木)

第12回空き瓶歌会のお知らせ

第12回空き瓶歌会のお知らせ

<空き瓶歌会とは>

空き瓶歌会は新潟を中心に行っている短歌の歌会で、短歌を書く人であれば誰でも参加できるオープンな会です。2012年の8月からこれまでに11回実施してきました。

先生と生徒がいるわけではなく、初心者も歌歴の長い人も、フラットな関係で集まっています。短歌歴の短い人たちが中心となっているので、これまで歌会へ参加した経験のない人でも参加しやすい歌会だと思います。 新潟市で開催しているのですが、新潟県内の参加者に加えて、毎回全国各地から参加者が集まってくれます。

3月に第12回空き瓶歌会を実施します。多くの方のご参加をお待ちしています!

【開催概要】

日時:2017年3月19日(日) 13:30~17:00

場所:砂丘館 (新潟県新潟市中央区西大畑町5218−1) http://www.sakyukan.jp/ ※新潟市中心部のNEXT21から徒歩約15分

会費:200円(会場費など)

◎歌会後、懇親会あり(希望者)

【詠草】

・未発表作1首(題詠)を事前にツイッターのDMまたはメールで送っていただきます。

・詠草は歌会の前に無記名で、歌会後に記名入りでインターネット上で公開します。

・題詠の題は「生」(読み込み必須)

・詠草締切=3月4日(土)24:00

【参加希望・お問い合わせ】

ツイッター :@akibinkakai

メール:akibinkakai@yahoo.co.jp

参加希望者は3月1日(水)までに、ツイッターもしくはメールにてお申し込みください。 (歌会前の連絡をツイッター上のサービス「meity」で行いますので、メールでお申込みの場合、ツイッターアカウントがある方は記載していただけると幸いです。)

参加者が会場のキャパを超える場合は、先着順で締め切ります。 参加をご検討いただける方は、未確定でも念のために早めにご連絡いただけると助かります。 お申し込みお待ちしております!

(空き瓶歌会)

2016年9月13日 (火)

第11回空き瓶歌会 皆様からいただいた選評②

ひきつづき、いただいた1首選です。
常連の方も、初めての方も。たくさんの評を本当にありがとうございます!
正座しながら繰り返し読みたいと思います!


◯高松紗都子さんからの1首選

A. 神さまは信じていない指先が長めに押した送信ボタン

過去には信じていたのか、それともずっと信じていなかったのかわ かりませんが、とにかく今は神さまを信じていない人。それは、そ んなに特別な人じゃないような気がします。
「神さまを」ではなく「神さまは」なので何か別のものを信じて いるのかもしれません。送信する自分や受信する相手のことを信じ ているんだったら、それは素敵なことですね。
(あ、送信しているのはメールと考えています)
長めに押すという行為は自分の力でやり遂げようとする意思のあら われでしょうか。相手の心に「届け」っていう力がこもっているみたい。
そういう思いが見え隠れしているところがよいと思いました。
「信じていない」は(二句切れではなく) 指先にかかる言葉として読みました。
自分の指というより誰かの指を見ているような感じがしますね。

《高松紗都子賞は、Aの有村桔梗さんの歌でした。おめでとうございます!!》


◯旧津結紀さんからの1首選

「C. 今朝きみを失ってから長い夢に入ったようで空は明るく」 よく「死んだように眠る」と言いますけれど、その場合は夢を見ないくらい深い眠り、という印象を受けます。けれどもこの歌では「長い夢」を見ていてしかも空が明るい。日の光を浴びつつ浅い眠りを長く続けているイメージです。深い眠りにつくことができていないということは、まだ「きみを失った現実」に見切りを付けることができずにいるのかな、なんて思いました。夢と空の明るさ、やんわりとした雰囲気を感じました。好きです。

《旧津結紀賞は、Cのキョースケさんの歌でした。おめでとうございます!!》


◯牛隆佑さんからの1首選

第11回空き瓶歌会の一首評をお送りいたします。

「長」が付くサッカー選手はきらいです長澤まさみの父も含めて


結構いますよね。長谷部とか長友とか。長澤和明さんももちろん未だご活躍なのですが、トップリーグを場とはしていないこともあって、長澤まさみ登場以降は「まさみの父」という認識のされ方が多く、哀しみを覚えます。この歌でもまさしく「まさみの父」と呼ばれるのですが、その上でこの歌ではあくまでもサッカー関係者であることに脚光を当てるのですね。空き瓶歌会という場を考えると、 グランセナ新潟FCや北越高校の監督時代のことを指しているのかもしれません。「含めて」とありますが、本当に言いたいのは「長澤和明は嫌いです」ということなのかなと思います。しかし、選手ではないですが、もちろんサッカー関係者として長澤和明さんを認めていて、ぎりぎりのところでの、作者の愛着のようなものを感じます。言い回しを含めて、微妙な面白いところをすくっていると思いました。

《牛隆佑賞は、Dの河野麻沙希さんの歌でした。おめでとうございます!!それとカープ優勝おめでとうございます!!》


◯ユキノ進さんからの1首選

こんにちは。ユキノ進です。
今日の東京はよく晴れていて、日差しが圧力をもったような強さを感じます。
第1回の空き瓶歌会も9月の上旬のとても暑い日だったことを思い出します。
空き瓶歌会が今もこうやって続いていることがとてもうれしいです。

1首選:A

A. 神さまは信じていない指先が長めに押した送信ボタン

状況は具体的には示されていませんが、なにか人生の一大事をインターネットで申し込んだりメールを送ったりというシーンだと思います。転職の応募だとか、告白のメッセージだとか、誰かに別れを告げるメールだとか。
「指先で」とあるからPCよりはスマホか携帯の方が状況としてはしっくりきます。とすれば転職サイトみたいなフォーム入力のものではなく、メールやLINEのメッセージなのかもしれません。
偶然や運ではなく、自分の意志で将来を選択するのだ、という意志を示しているのだと読みました。
「長めに押した送信ボタン」は、意志の強さとともに、自身の決意についての逡巡も感じます。「送信ボタンを長く押す」という行動を記すことによって、心の微妙な動きを示している点がこの歌の魅力です。「長め」がとても効いていますね。

「神さま」という言葉の選定はちょっと安直じゃないかという意見もあるかもしれませんが、僕はこの語も効果的だと考えます。
自分を取り巻く環境、状況、しがらみ、大きな力みたいなものを「神さま」という雑な把握でひとくくりにせざるを得ないことで、自身の無力さが際立ちます。

「神さまは」「指先が」「押した」と脚韻を踏んでいることが、ためらいながら自分に念を押しているような効果も生んでいると思います。

《ユキノ進賞は、Aの有村桔梗さんの歌でした。おめでとうございます!!》


◯たたさんからの1首選

空き瓶歌会盛況でしょうか。参加できなくて残念です。たた賞はFとさせていただきます。上の句の言い回しが変で面白かったです。

《たた賞は、Fの渡邊瑛介さんの歌でした。おめでとうございます!!》

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いただいた選評は以上です。
皆様、本当にありがとうございました。
次回もぜひよろしくお願いいたします!!

第11回空き瓶歌会 皆様からいただいた選評①

今回もたくさんの方々から1首選をいただきました。
ありがとうございます。参加者全員でしっかり読ませていただいております!

◯姉野もねさんからの1首選

こんばんは。早速ですが、今回の姉野もね賞はGの「読みかけの詩集の上に鎮座する月長石はブルーを灯す」のお歌です。月長石にルビはふってありませんが、私は勝手に「ムーンストーン」と読みました。もともとブルーのムーンストーンなのか、それとも何か青いものが反射しているのか、主体の心の色を表しているのか……。読みかけの詩集はどんな詩集なのか……。誰がどんなシチュエーションで……などなどいろいろと想像が広がります。「鎮座する」は重々しい表現のはずなのに、このお歌ではなんだかユーモラスで不思議です。ブルーという色は地球の色のようにも感じられて、月と地球の関係にまでイメージが広がりました。大好きなお歌です。

《姉野もね賞は、Gの七波さんの歌でした。おめでとうございます!!》


◯ななみーぬさんからの1首選

F 天井にボールのはさまる 校長がTime is moneyなどとおっしゃる

この歌のおもしろいところは、 直接具体的なことを何も言っていないにもかかわらず、「 体育館の、朝礼かなにか」 というシチュエーションまでわかってしまうところでしょうか。
わたしの母校の体育館の天井にもボールははさまっていましたし、 どこの体育館でもよくあることみたいですね。
それをぼんやりと見ているんですから退屈な朝礼なんでしょう。 夏休みの前でしょうか?
校長先生の退屈な話は聞き流すけれど、 たまにはさむしょうもないギャグとかが妙に耳に残ったりするんで すよね。
けだるい空気でのけだるい話、 そんな状況が一瞬でよみがえってくるような、 濃密な空気感がある歌だなと思いました。
「おっしゃる」という言葉もうまい。 この歌の主体が高校生か中学生だとすると、「おっしゃる」 なんて普段から使ってないと思います。 使う人もいますでしょうが、 この主体はそんな優等生タイプではないと思う、多分。 クールに茶化している感じですよね。冷静な視点がいい。
時間の流れにも独特の味わいがあります。天井に挟まっているボールって、いつからあるんだろう?みたいなのがほとんどで、まるでボールのまわりだけ時が止まったみたいな感覚をおぼえたのを記憶しています。それに対して、校長先生は「Time is money、(時間が)もうねえ」と言っているわけですから、時間には限りがあるから若いうちに挑戦しなさい…みたいな話の内容だと想像できます。この対比がおもしろい。
内容面以外にも言及すると、「天井」「校長」、「ボール」「 もうねえ」の長音の連続がリズムを作っていると感じました。 今回の詠草の中で、もっとも口に出して読みたい歌でした。

《ななみーぬ賞は、Fの渡邊瑛介さんの歌でした。おめでとうございます!!》


◯雀來豆さんからの1首選

一首選C. 今朝きみを失ってから長い夢に入ったようで空は明るく/切実な導入部と、結句の仄明るさの対照が魅力的でした。そして、三句目の「長い夢に」という六音のもたらす不思議なリズムに魅せられました。音読すると、この三句目で運びが自然とゆっくりとなり、まさに夢のなかに入ったかのような感覚をもたらせてくれるのでした。(雀來豆)

《雀來豆賞は、Cのキョースケさんの歌でした。おめでとうございます!!》


◯小春まりかさんからの1首選

小春まりか選

A. 神さまは信じていない指先が長めに押した送信ボタン

「神さま」と「さま」を漢字にしないところに若さを感じます。「信じていない」までのところで次にかかるのか切れているのかどちらにもとれるかなと思ったのですが、内容的にかかっていますね。「信じていない」宣言をしつつも長めに押した送信ボタン…。普段神さまを信じていなくても祈りたくなるときってありますよね。好きな人にメール(今はLINEですかね)を送っているのかなと想像しました。とっても可愛らしい歌だと思います。

《小春まりか賞は、Aの有村桔梗さんの歌でした。おめでとうございます!!》


◯あかみさんからの1首選

同志社大学短歌会のあかみと申します。
評を送らせて頂きます。

◇神さまは信じていない指先が長めに押した送信ボタン

最初に読んだとき「神さまは信じていない」が「指先」にかかっているかと思いましたが、これは二句切れの歌だと思います。上句で主義の主張があり、そして下の句の行動に繋がっていく。
なにかの応募かもしれないし、だれかへのメールかもしれない。人から見ればそれほどへんな動作ではないけれど、本人にとっては大きな大きなことなのだ。
「神さまは」の「は」という助詞から、なんとなく<自分を信じている>ということが推測される。その気持ちが自然と下の句の細かな身体感覚に繋がっている。
主義も行動も心情も書きながら、きちんとまとまっていて、良い歌だなと思いました。好きです。

《あかみ賞は、Aの有村桔梗さんの歌でした。おめでとうございます!!》


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