2019年5月27日 (月)

第4回花瓶歌会のお知らせ

今年も花瓶歌会(吟行)を行います。

はじめての方もどうぞお気軽にご参加ください。

 

日時:2019年6月29日(土)

吟行場所:マリンピア日本海 https://www.marinepia.or.jp/

               (入園料1500円)

 

日程:10時半    新潟駅万代口駐車場付近に集合

         11時〜   マリンピア日本海で吟行

         13時       お昼休憩

         14時       砂丘館 https://www.sakyukan.jp/ に移動し歌会

         17時       終了

 

 

駅ではなく直接マリンピア日本海に行ったほうがいい方はそれでも結構です。

終了後、懇親会もあります。

 

参加を希望される方はツイッターアカウントにDMもしくはメールでご連絡ください。

✉️akibinkakai@yahoo.co.jp

申し込み締め切り:6月22日(土)

 

 

2019年5月 9日 (木)

第26回小瓶歌会のお知らせ

【第26回小瓶歌会】

 

2019年5月25日(土)13時半〜

会場:新潟市砂丘館

https://www.sakyukan.jp/

 

内容:歌会および持ち込み企画(担当:髙木さん)

 

テーマ詠「虫」読み込み自由  1首提出

申し込みおよび詠草締め切り:5/18(土)

ツイッターの空き瓶歌会アカウントにDMもしくはメールでお申込みください。

✉️ akibinkakai@yahoo.co.jp

 

どなたもお気軽にご連絡ください。

2019年3月28日 (木)

第15回空き瓶歌会 皆様からいただいた選評

○姉野もねさんからの一首選

 

姉野さんには毎回選評をいただき、本当にありがとうございます。

いつかぜひ歌会にも来ていただいてご一緒できたら嬉しいです!

姉野もね賞は、Cのキョースケさんの歌でした!

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どの歌も良くて迷ったのですが最も心に響いた歌は

C.交差点の弔いの花が枯れてゆく速度で君が忘れさられる

でした。交差点の弔いの花が新しい花に交換されることなく枯れてゆく光景はまったく知らないひとの死であっても心に小さな痛みが生じます。結句の切なさがたまらないなあと思いました。みんなが忘れてさってしまっても自分はずっと忘れない、という強い気持ちが逆ににじみ出ているようにも感じます。初句から結句まで一気に世界に引き込まれました。いろいろな想像が広がる歌でした。

 

 

○ユキノ進さんからの一首選

 

ユキノさんは空き瓶歌会の生みの親で昨年待望の歌集「冒険者たち」を上梓されました。

いつも遠くからあたたかく見守ってくださりありがとうございます!

ユキノ進賞は、Eの髙木秀俊さんの歌でした!

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新宿を去らずにセイヨウタンポポはアスファルトからぽぽぽと芽吹く

 

新宿に咲くセイヨウタンポポの種が風によって運ばれるが、あまり遠くまで行かずに同じ新宿で次の世代の花を咲かせている、という歌意で読みました。

セイヨウタンポポはその名の通り外来種ではるか外国からやってきているのに、一度根付いてしまうと住み慣れた土地から遠くへ行けないというのが、なんだか人のようでもあり、いじましい感じがします。またアスファルトに咲く花は生命力の強さを示している一方で、運命のどうしようもない苛烈さを象徴しています。「ぽぽぽ」というユーモラスな擬音が、ままならない世界にさびしく響きます。

タンポポの種に人生を重ねるのは凡庸な感性ですが、幾千の同じような種子にはそれぞれの個性などなく凡庸さも含めて人生なのでしょう。

 

 

○増子拓己さんからの一首選

 

増子さんは今回の歌会の参加者でもあるのですが、福島からいつもお越しいただきありがとうございます。

増子拓己賞は、Cのキョースケさんの歌でした!

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C. 交差点の弔いの花が枯れてゆく速度で君が忘れさられる

とある交差点で死亡事故があった様子を詠った一首だと思います。死亡事故が時間の経過とともに忘れ去られる切なさを、弔いの花が枯れていく様子と重ね合わせて詠んでおり、受け手も被害者への哀悼と加害者への憤りを感じてなりません。

4句目の「速度で君は」は、本来であれば「月日で君は」とか、「時間で君は」と表現するのでしょうが、「速度で君は」にすることで、時間の流れる速さが強調されていると思います。

第15回空き瓶歌会 橙田千尋さんからの全首評

橙田千尋さんから全首評をいただきました。

橙田さんは新潟在住の空き瓶メンバーで小説なども書かれる多才な方です。

今回は都合により参加いただけませんでしたが、いつもながら楽しく頷ける評をありがとうございました!

 

橙田千尋賞は、Eの髙木秀俊さんの歌でした!

 

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A.花塚山のはるか点なる富士の峰 朝霧晴るる唯我独尊花塚山は、福島県にある山らしいですね。上句は花塚山からでは富士山は点のように見え る(それほどまでに遠い)という意味合いでしょうか。福島から富士山が見えるのかどうかは 分かりませんが。

唯我独尊という宗教的な言葉が提示されているのは、朝に見る花塚山の荘厳さを表す狙 いがあるのかなと思います。荘厳なものを見ると、相対的に自分・人間の小ささが浮き彫り になってきて、宗教的・哲学的なことを考えてしまうのも何となく分かる気がします。

 

B. あたらしい花の匂ひをさせてゐるひとの手首を何回も嗅ぐあたらしい花が、いったい何なのかで一回立ち止まりました。あたらしい季節(現在なら 春)の花なのか、新しく買ってきた花なのか。新しく春の花を買ってきたのかもしれません。 <花の匂ひ>をさせているので、花を持っている可能性が高いと感じました。

下句の<手首を何回も嗅ぐ>ですが、手首を嗅げるほどの近さなので、主体と<花の匂ひ をさせている>人はある程度親密な関係性なのかなと思います。なぜ手首なのかは、花を持 った時に手首に花が当たっていたからでしょうか。そこまでは読み取り切れませんでした。

 

C. 交差点の弔いの花が枯れてゆく速度で君が忘れさられる交差点で起こった事故。そこに手向けられた花は人の死がそこで起こったことを示して います。最初は花を見て亡くなった誰かがいたことを思い出す人がいるのかもしれません が、花が枯れていくにつれ、事故の記憶も風化されていきます。<枯れてゆく速度>という 表現が好きです。少しずつ、しかし着実に枯れていく花と、少しずつ輪郭が薄まっていく記 憶がマッチしていると思います。

結句の<忘れさられる><さられる>は漢字でもいいのかなと思います。ひらがなに することで文字からくる悲しさは薄まりますが、歌の題材がかなり悲しいものなので薄める必要はあまりないのかなとも思います。

 

D. 燃えずとも炎のやうに山櫻ほのぼのと生きあざやかに散る山櫻が炎のように赤々としているところを写し取った歌でしょうか。<炎のやうに> すので、そこそこの数の山櫻が主体からは見えているのかなと思います。上句の格調高い文 体から四句目の<ほのぼのと生き>へ目が移動すると、<ほのぼの>が浮いているような 気がします。<あざやかに散る>と詠まれているように、散り際の美しさが主体に見えてい るので、生きている最中の美しさが<ほのぼの>になっているのは効果的なのだろうかと思いますが、主体の山櫻が見事に咲いているのを見た時の心持ちもこめられているのかな とも思いました。

 

E. 新宿を去らずにセイヨウタンポポはアスファルトからぽぽぽと芽吹くセイヨウタンポポの種がアスファルトの隙間や割れ目に落ち、芽吹いていく様子が描かれています。<新宿を去らずに>と詠まれているので、去らなかった<セイヨウタンポポ> とは対照的に去っていった誰かもしくは何かが暗示されています。それが主体とどういう 関係なのかは明示されていません(もしかしたら主体が新宿を去って、その後戻ってきたの かもしれません)。歌の中で詠まれたものも勿論大事ですが、結果的に詠まれなかったもの を考えることも重要なのかもしれません。去ったものが明示されない部分が、この歌の良さ なのだと思います。

<ぽぽぽ>というオノマトペは、少しファンシーな雰囲気をまとわせるような効果があ ると思うので、今回の歌ではこのオノマトペが最適解なのかと考えると疑問が生じます。オ ノマトペは無しで、別の言い回しでも歌の良さは崩れないのかなと思います。代案は思いつ かなかったので申し訳ないですが。

 

F.屋台を突き抜けたら五分咲きの桜七分袖は寒い 帰ろう正直なところ、どういうリズムで読めばいいのかかなり戸惑ってしまいました。やたいを つき/ぬけたらごぶざ/きのさくら/しちぶそでは/さむいかえろう 67567 でしょうか。 参加された皆様およびゲスト選者のお二人がどのようにリズムを解釈されたのかが気にな るところです。

屋台を<抜ける>ではなく<突き抜ける>なので、真っすぐの桜並木が想像できて良い なと感じました。まだ咲ききっていない桜と、まだ寒さが残る空気と、桜はどれくらい咲い たのか気になって出てきた主体(誰かと一緒なのでしょうか)が頭の中でイメージされて、春 になり切っていない日々が現れていると思います。

 

G.ふりはれてしろつめくさを手触りゆくあなたの翳のさやけき四月文語体の短歌に慣れていないので、単語の解釈に間違いがあるかもしれません。ご容赦ください。<ふりはれて>という言葉を調べてみたのですが、私の Google では上手く検索に 引っかかってくれませんでした。晴れて太陽の光が降り注いでいるのだと解釈しました。良い言葉だなと思います。しろつめくさの白と、<あなた><>のくっきりとした黒さが対比されていて、美しいなと思います。

しろつめくさと翳の対比は、主体が感じ取ったある瞬間の美しさの発見だと思います。対 して四月はひと月という長い期間です。結句の四月は瞬間の美しさの発見を結ぶのに適し ているのだろうか、とも思いました。

 

第15回空き瓶歌会 ゲスト選者 飯田彩乃さんからの全首評

もうおひとかた、ゲスト選者をお願いした飯田彩乃さんから全首評をいただきました。

飯田さんは未来短歌会に所属されており第27回歌壇賞を受賞、昨年は歌集「リヴァーサイド」を上梓されています。

当歌会のルーツでもある東京の空き地歌会のメンバーだったご縁もあり快く選者を引き受けてくださいました。お忙しいなか大変丁寧な評をありがとうございました!

 

飯田彩乃賞は、Fのハレヤワタルさんの歌でした!

 

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A. 花塚山のはるか点なる富士の峰  朝霧晴るる唯我独尊

結句でそうくるか、と思わされた一首。花塚山を知らなかったので調べたところ、富士山が見える北限のこと。主体が花塚山にいるかどうか定かではなく、下の句の「朝霧」が花塚山か富士山かどちらにかかっているかも不明だが、そこはあまり問題ではなく、要は自分の視界がひらけて晴れやかになった気持ちが唯我独尊という結句を呼んできたという気分の方が重要なのかもしれないと読んだ。

「はるか点なる」と「唯我独尊」のMIN/MAXのチャンネルの振れ幅が面白いのだが、もう少し上の句から下の句への転換部分が見えるとよいと思う。

 

B. あたらしい花の匂ひをさせてゐるひとの手首を何回も嗅ぐ

「花の匂ひ」は本物の花か、それとも香水のそれだろうか。手首を、しかも何回も、そして「あたらしい」という変化に気づく部分でかなり親密な関係を思わせる。

ただ、香水であれば何種類もの香りが混ざっているはずで、またトップ~ミドル~ラストノートの香りの変化もあると思うので、「あたらしい花の匂ひ」という描写だけでどこまで有効か、十全に表現ができているか。花の名前を実際に挙げたりすると歌に立体感が出ると思う。

 

C. 交差点の弔いの花が枯れてゆく速度で君が忘れさられる

「君」のために交差点に置かれた花だろうか。一読言いたいことはよくわかるものの、花の枯れる速度=君が忘れられる速度というのは予想がつきやすいし、作者が考えた/思っただけではなく事実にとても近い事象だと思うので、何かもう一つズラした方が良いのではないかと思う。

 

D. 燃えずとも炎のやうに山櫻ほのぼのと生きあざやかに散る

「燃えずとも炎のやうに」が眼目。だれもが桜を見て思い描いているであろうことながら、こうして言語化することはあまりないように思う。咲いてから散るまでの山櫻の生き様を描写しているが、「炎のやうに」「ほのぼのと」「あざやかに」と、山櫻に対する形容が多く、また「燃える」「生きる」「散る」と動詞のベクトルがどれも異なっているため、やや散漫な印象を受けてしまう。また、下の句はどこか格言めいているので、上の句か下の句どちらかにフォーカスして表現した方がいいと思った。

 

E. 新宿を去らずにセイヨウタンポポはアスファルトからぽぽぽと芽吹く

セイヨウタンポポが西洋からやってきてからおそらく長い年月が経っている。縁あって新宿に根づいたその花は、自らはそこから出ることはなく、花を咲かせて命を全うする。たんぽぽから連想される西洋と、新宿との対比が効いていると思う。

ただ、「たんぽぽのぽぽのあたりが火事ですよ(坪内捻典)」や「たんぽぽのぽぽと絮毛のたちにけり(加藤楸邨)」などの有名句がすでにあるので、たんぽぽの咲くさまをぽぽぽという音で表現するのはよっぽどそう言いたいのでなければと思ってしまうが、個人的には「ぽぽぽ」という描写を使いたい気持ちはとてもわかる気がする。

 

F. 屋台を突き抜けたら五分咲きの桜七分袖は寒い  帰ろう

不安定なリズムながら、なにか惹かれた一首だった。「屋台を突き抜けたら」は屋台が並ぶ通りを抜けたら、くらいのニュアンスだろうか。あとの桜を際立たせるためにも、ここはもう少し丁寧に描写した方がいいと思う(突き抜ける、だと勢いからして屋台の屋根のことかとも思うので)。五分咲きの桜、七分袖を着ている自らの体感、からのあっけないほどの結論が小気味良い。

 

G. ふりはれてしろつめくさを手触りゆくあなたの翳のさやけき四月

ふりはれて、は「降り晴れて」だろうか。そうだとすると、天候の変化によって現れてきた下の句の「あなたの翳のさやけ」さが時間差で際立ってくるので良い構成だと思った。

手触りゆくは「てざわりゆく」と読むか「てふりゆく」と読むかで迷ったが、前者なら五音に収めたほうがよいし、後者ならばルビなしは難しいと思うがどうだろうか。

ひらがなに開くのも漢字にするのも考えた末のことであると思うし選択の結果なのだろうが、自分が読んでほしいようにほかの人がみな読めるわけではないので、読者に対する気遣いもあればもっといい歌になると思う。

 

第15回空き瓶歌会 ゲスト選者 大井学さんからの全首評

今回、ゲスト選者を引き受けてくださった大井学さんから全首評をいただきました。
大井さんはかりんに所属されており2016年に歌集「サンクチュアリ」を上梓されています。大学時代は新潟で過ごされていたとのことで大変ご縁を感じております。イベントなどで本当にご多忙な中、読み応えのある評をありがとうございました!
大井学賞はBの有村桔梗さんの歌でした!
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A.花塚山のはるか点なる富士の峰 朝霧晴るる唯我独尊
 テーマ「花」を含んだ花塚山は、富士山が見える北限といわれている山(ちなみに、同じ福島の尾瀬ヶ原の燧ヶ岳も富士山が見えることで有名)。湿気のない、晴れの時に点のように見えるようです。そうした背景を考慮すると、歌意は明快かと思います。「花塚山から、はるか彼方に点のような富士山が見える。朝霧が晴れた今、それはまるで生まれたての釈迦のように「唯我独尊」と言っているかのようだ」とでも散文的には解釈できるのでしょう。その上で、「…のはるか点なる…」という約め方に、やや未消化な感じが残ります。また、言葉が通常もっているイメージからすると、「点」と「峰」とは大きさや量感が異なり、同様に「朝霧晴るる」時は、いささかの霧を残した時が連想されます。
 点のような見え方であったとしても、独特の存在感を持っている富士山を「花」というテーマで描こうとした作者の思いは十分に伝わってきますので、言葉を整理することで、より伝わり易くなるのではないかと思います。
 
B.あたらしい花の匂ひをさせてゐるひとの手首を何回も嗅ぐ
 「手首を嗅ぐ」ということから、この「匂ひ」は香水だろうということが判ります。そしてそれが「あたらしい花の匂ひ」ということから、新発売または日本初上陸の香水かもしれない、という想像が膨らみます。たとえ新発売ではないとしても、今までに使ったことがない香水をつけてくるような、新鮮なおしゃれを楽しむタイプの人柄が想像できます。また、「ひと」の手首を「何回も」嗅ぐということから、この「ひと」と「われ」とが親しい関係にあるということも判ります。
 この「ひと」は「また?」と少し困りながらも、嫌なわけではないのでしょう。憧れとも尊敬とも違う、そのひとの「匂ひ」に惹かれる関係も、とても面白いと思います。
 この歌、感情を表現する言葉は一つも使われていませんが、「われ」の振る舞いを書くことで、二人の心や関係性までも想像させる歌だと思います。
 
C.交差点の弔いの花が枯れてゆく速度で君が忘れさられる
 交差点に置かれた花、これは花束のようなものと理解しました。交通事故の現場になった場所などには、よくそうした花束が置かれていますし、それが末枯れていく様子も、よく見かけるものです。この歌の場合、①上三句を純粋な序詞として解釈する場合と、②上句の状況が下句の「君」に掛かっていく、と理解する場合とで歌の意味が少し変わるかと思います。①の場合には、忘れさられる状況を、花が枯れていく様で比喩的に表現した=君は死んでいない、と解釈することができ、また②の場合には、その弔いの花は「君」のために手向けられたもので、その花が枯れていくのと同時に、弔花を手向けられた「君」が忘れさられてしまう、という意味に理解できるでしょう。多くの人は、②の意味で解釈するかと思いますが、①の解釈が出てくる背景に、「枯れてゆく速度で」という表現があるためだろうと思います。上下の区分は「枯れてゆく/速度で」となりますが、「忘れさられる」を形容する句としては、句跨りとなります。韻律的に、6・8・(5+4)・3・7という構成になっていますので、とても早口の歌という印象が残ります。
 交差点の花は、皆が見かける景の中でも印象に残る「花」かと思います。歌題としても多くの意味を含んだ「花」に着目されていると思います。
 
D.燃えずとも炎のやうに山櫻ほのぼのと生きあざやかに散る
 ヤマザクラの姿を、炎のイメージをもって様々に表現しようとした意図が読み取られます。ただ、ヤマザクラを形容するはずの炎は「燃えず」、「炎のやう」と言われたヤマザクラが続けて「ほのぼのと」、と表現されていますので、不思議にチグハグな感じがしてしまいます。おそらくは、小さなローソクの灯火のようなものが、派手ではない暖かな光を伴って咲く様子を描きたかったのだろう、ということは理解できます。ヤマザクラの姿や動きを形容する言葉が「炎のやうに」、「ほのぼのと」、「あざやかに」と三種類も用いられているために、それぞれの言葉が互いの意味を殺いでしまうのではないでしょうか。
 ヤマザクラを、敢えて「山櫻」と記載することからも、普通のサクラとは違う、特有の存在感を描きたかったということが理解出来ますので、一番描きたいのは、どのサクラの姿であるのか、焦点を絞ったほうが良いのではないかと思います。
 
E.新宿を去らずにセイヨウタンポポはアスファルトからぽぽぽと芽吹く
 セイヨウタンポポが「ぽぽぽと」芽吹くという音で遊ぼうとした作品であることが判ります。ただし、現在の短歌において「ぽぽぽ」は「制の詞」と言っても良いかもしれません。ご存知の通り、荻原裕幸さんの『あるまじろん』という歌集に「ポポポポニアに御用心」という一連がありますから(例えば「二十八歳べつに何かが待つてゐる筈もなしぽぽぽと街に棲む」という歌などはバブル時代の若者を上手く表現しています)。
 それを抜きにして考えた場合、この歌の眼目は、「新宿を去」らずに咲く野の花の姿ということになります。アスファルトを割って咲く力強さを持ちながら、けれど無理に気張ってるようにも見えない花の姿を描きたかったのだと理解することができますし、同時に「セイヨウ」が日本の新宿に根付いていることを「去らず」という言葉で明示したかったということも判ります。
 ただしこの花が咲いている様子を思い浮かべることができるかというと、必ずしも明確ではありません。おそらくは、タンポポに比して「新宿」が大きすぎる景色であり、アスファルトしか見えてこないためかと思います。「芽吹」いた状態ですから、まだ花も咲いていないのでしょう。
 セイヨウタンポポの姿を丁寧に描いてみても面白いのではないのかと思います。
 
F.屋台を突き抜けたら五分咲きの桜七分袖は寒い 帰ろう
 花見の時期の肌寒さ、いわゆる花冷えを突っ走った韻律で歌う面白さを感じます。全体として歌を解釈するのであれば、「屋台の続く並びを通り抜けたら、そこにはまだ五分咲きの桜が見えてきた。(春の雰囲気につられて)七分袖の服で出かけてきてしまったが、やっぱりまだ寒い。(早く)帰ろう」という散文に開くことができるのでしょう。
 ただし「屋台を突き抜けたら」という言葉は、迎えて読めば「屋台の続く並びを通り抜けたら」という意味に解釈することができますが、言葉だけを読むと、屋台に突っ込んでいくような場面も想像出来てしまいますので、少し言葉が足りない印象を与えます。五分/七分いう数字による言葉遊びの工夫も目に留まりますが、興味を惹くようには感じませんでした。花の咲き方という状態と、長さの表現としての七分に、あまり関連性がないからかもしれません。
 4・6・5・3・6・3・4で三十一音になるという韻律で、このスピード感が面白くもあり、同時に読みにくさにもつながっています。何処かに57577の韻律の雰囲気が残っていれば良いのですが。
 
G.ふりはれてしろつめくさを手触りゆくあなたの翳のさやけき四月
 申し訳ありません。初句をどう読めば良いのか自信がありませんが、「降り晴れて」という漢字を当てて解釈してみます。
 「雨が降り、そしてまた晴れてきた。四月の光は、シロツメクサに手を触れていくあなたの翳をさやかに草の上に落としている」という解釈をしてみました。
 その場合、シロツメクサに手を触れゆく「あなた」とは、背の低い、即ち幼い子であるのか、または風や神のように低いところにまで難なく触れることができるような存在であるのか、解釈に迷います。後者には基本的に「翳」ができませんから、おそらくは幼い子の姿なのかと思います。
 シロツメクサ以外の「具体物」を描かないことで、表現と解釈の幅を広げようということかもしれませんが、場面を提示するための具体がもう少し言語化されている必要があるように思いました。
 
大井学選
B.あたらしい花の匂ひをさせてゐるひとの手首を何回も嗅ぐ

 

2019年3月16日 (土)

第15回空き瓶歌会 詠草の作者発表

【第15回空き瓶歌会詠草】
テーマ詠「花」※読み込み自由


A. 花塚山のはるか点なる富士の峰 朝霧晴るる唯我独尊 (増子拓己)


B. あたらしい花の匂ひをさせてゐるひとの手首を何回も嗅ぐ (有村桔梗)


C. 交差点の弔いの花が枯れてゆく速度で君が忘れさられる (キョースケ)


D. 燃えずとも炎のやうに山櫻ほのぼのと生きあざやかに散る (香村かな)


E. 新宿を去らずにセイヨウタンポポはアスファルトからぽぽぽと芽吹く (髙木秀俊)


F. 屋台を突き抜けたら五分咲きの桜七分袖は寒い 帰ろう (ハレヤワタル)


G. ふりはれてしろつめくさを手触りゆくあなたの翳のさやけき四月 (青沼蓉)


※AとFの歌のスペースは全角一字空けです。

2019年3月 9日 (土)

第15回空き瓶歌会詠草

第15回空き瓶歌会の詠草を公開いたします。
空き瓶歌会では、メールやツイッターのDMで詠草への評や感想を募集しています。
いつも送ってくださる方も、初めましての方もぜひ!


【第15回空き瓶歌会詠草】
テーマ詠「花」※読み込み自由


A. 花塚山のはるか点なる富士の峰 朝霧晴るる唯我独尊


B. あたらしい花の匂ひをさせてゐるひとの手首を何回も嗅ぐ


C. 交差点の弔いの花が枯れてゆく速度で君が忘れさられる


D. 燃えずとも炎のやうに山櫻ほのぼのと生きあざやかに散る


E. 新宿を去らずにセイヨウタンポポはアスファルトからぽぽぽと芽吹く


F. 屋台を突き抜けたら五分咲きの桜七分袖は寒い 帰ろう


G. ふりはれてしろつめくさを手触りゆくあなたの翳のさやけき四月

以上、7首

※AとFの歌のスペースは全角一字空けです。

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第15回空き瓶歌会 概要 日時:2019年3月16日(土)14:30~ 場所:砂丘館(新潟市中央区)
ゲスト選者:大井学さん、飯田彩乃さん
参加者:青沼蓉、有村桔梗、キョースケ、髙木秀俊、ハレヤワタル、増子拓己、香村かな ◆一首選をお願いします! ○歌会前日の夜(3月15日24:00)までに詠草の中から良いと思った一首を選んで、その歌の評や感想とともにメールまたはツイッターのDMでお送りください。 あなたの名前を冠した「○○○賞」として歌会の場で発表させていただきます。 (なお、15日の夜を過ぎても、歌会終了後にネット上のSNSまたはブログを通して、参加者に発表したいと思いますので、締切後もどしどしお送りください!) ・ツイッター :@akibinkakai ・メール   :akibinkakai@yahoo.co.jp ※メールでの評の場合、筆名とツイッターアカウントがある場合はそれも併せて表記してください。 ※確認の返信が前後する場合があります。ご了承ください。 ○お送りいただいた一首選、一首評は当日の歌会の場で発表します。 ○また後日この空き瓶歌会のブログ上でも公開します。 ※ネット上での公開を望まない方はその旨をお書き添えください。 ◆その他評や感想をお待ちしています。 ○もちろん、一首だけでなく三首評、全首評なども大歓迎です!よろしくお願いいたします。


2019年1月 3日 (木)

第15回空き瓶歌会のお知らせ

第15回空き瓶歌会のお知らせ

<空き瓶歌会とは>

空き瓶歌会は新潟を中心に行っている短歌の歌会で、短歌を書く人であれば誰でも参加できるオープンな会です。2012年の8月からこれまでに14回実施してきました。

先生と生徒がいるわけではなく、初心者も歌歴の長い人も、フラットな関係で集まっています。短歌歴の短い人たちが中心となっているので、これまで歌会へ参加した経験のない人でも参加しやすい歌会だと思います。 新潟市で開催しているのですが、新潟県内の参加者に加えて、毎回全国各地から参加者が集まってくれます。

3月に第15回空き瓶歌会を実施します。多くの方のご参加をお待ちしています!

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【開催概要】

日時:2019年3月16日(土)14:30~18:00

場所:砂丘館 (新潟県新潟市中央区西大畑町5218−1) http://www.sakyukan.jp/ ※新潟市中心部のNEXT21から徒歩約15分

会費:200円(会場費など)

◎歌会後、懇親会あり(希望者)

【詠草】

・未発表作1首(テーマ詠)を事前にツイッターのDMまたはメールで送っていただきます。

・詠草は歌会の前に無記名で、歌会後に記名入りでインターネット上で公開します。

・テーマ詠の題は「花」(読み込み自由)

・詠草締切=3月2日(土)24:00

【参加希望・お問い合わせ】

ツイッター :@akibinkakai

メール:akibinkakai@yahoo.co.jp

参加希望者は2月27日(水)までに、ツイッターもしくはメールにてお申し込みください。 (歌会前の連絡をツイッター上のサービス「meity」で行いますので、メールでお申込みの場合、ツイッターアカウントがある方は記載していただけると幸いです。)

参加者が会場のキャパを超える場合は、先着順で締め切ります。 参加をご検討いただける方は、未確定でも念のために早めにご連絡いただけると助かります。 お申し込みお待ちしております!

(空き瓶歌会)

2018年8月27日 (月)

イベントのお知らせ

ユキノ進『冒険者たち』刊行記念 歌会、作者トーク、読書会
31文字が切り取る世界


船乗りになりたかったな。コピー機が灯台のようにひかりを送る
残業の一万行のエクセルよ、雪原とおく行く犬橇よ
支店長ナイスショットと言いながら空を横切る鳥を見ていた
新潟は水際の町おや指で地図を押したら滲みだす水
遠い海がわたしの胸の内にありいつまでもいつまでも飛ぶ鳥
      ユキノ進『冒険者たち』(書肆侃侃房)

歌集『冒険者たち』の刊行記念イベントを行います。『冒険者たち』に収められた歌の多くは新潟の水辺の風景を舞台としており、今回のイベントはゆかりの地である新潟市の砂丘館での開催となります。
歌会、作者トーク+読書会と盛りだくさんで楽しい会となるはずです。短歌を書く方もそうでない方も、ぜひ遊びに来てください。

日時:2018年10月27日(土)
13:00~ 15:00 
第一部:歌会 「空き瓶うたの会」
15:00~17:00
第二部:作者トーク&読書会 『冒険者たち』と31文字が切り取る世界
開場:砂丘館 新潟県新潟市中央区西大畑町5218−1
会費:300円 (1・2部とも参加の場合も、どちらかのみの場合も同じ)


申し込み:akibinkakai@yahoo.co.jpまたはtwitterのDM @akibinkakai まで
※第1部のみ、第2部のみのご参加も可能です。
※第1部の歌会へご参加のかたは akibinkakai@yahoo.co.jp へ自由詠一首を10/20までにお送りください。

◆ユキノ進(ゆきの・すすむ) ……歌人、会社員、草野球選手。2009年~2014年まで新潟在住。2014年、第25回歌壇賞次席。

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