2018年3月23日 (金)

第14回空き瓶歌会 皆様からいただいた選評

○たかはしりおこさんからの一首選

たかはしさんは第8回空き瓶歌会にご参加いただいており、今は新潟在住とのことなのでぜひまた歌会にも参加していただけると嬉しいです!ありがとうございました。

《たかはしりおこ賞はAの橙田千尋さんの歌でした!》

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わたしが選んだのはAの歌です。

上の句と下の句の関係なさとか、えっおやつは300円以内じゃないの!?とか、た行以降は認めてくれないの!?とか、ツッコミどころが満載で、むしろ面白いと思いました。字余りとか破調がそのへんてこ具合にぴったりで、妙にうきうきします。今後、時々思い出して口ずさんでしまう歌かもしれません。

○姉野もねさんからの一首選

姉野さんは第12回空き瓶歌会のゲスト選者です。空き瓶歌会にいつも評を送っていただき本当にありがとうございます!

《姉野もね賞はAの橙田千尋さんの歌でした!》

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こんばんは。今回一番好きな歌は、
A. 遠足のおやつは200円以内ひらがなはさ行まで認めます
です。上の句のよく聞くフレーズにさらっと読み流しそうになったところで下の句の不思議さがガツンときました。突拍子もないルールなんだけど、素直に従ってあ行、か行、さ行まででどんな言葉を言えるかな、と考えたら楽しくなりました。「すき」だけで「きらい」の無い世界。きっと楽しい遠足になりそうです。


○ユキノ進さんからの一首選

ユキノさんは空き瓶歌会の創始者であり、4月に待望の歌集「冒険者たち(書肆侃々房)」を上梓されます。喜ばしい!
お忙しいなか評をありがとうございました!

《ユキノ進賞はCの有村桔梗さんの歌でした!》

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C. できるだけしずかにのぞく望遠鏡ちいさな夜が逃げないように

先日、上野の科学館の天文台の一般公開に行きました。
天文台の望遠鏡はコンピュータで制御されていて、指定した方角へ自動で向くようになっています。
ところが僕が行った時はそのコンピュータの調子が悪く、大きな望遠鏡が天文台のドームの中でぐるんぐるん回って見学者をなぎ倒しそうな勢いでした。
そして急に空を目指して止まったかと思うと、天文台の係の方がコンピュータで指示した位置とは違う場所を向いています。
コンピュータを再起動してもまた別の場所を指します。
遠い天体が地球に向けて何かを呼び掛けていたのかもしれません。
そのメッセージをうまく受け取ることができず、遠い宇宙の生命体に対してなんだか気まずい感じがしたのでした。

望遠鏡の視界は狭く、その狭い視界の中にはたいてい一つの星しか見えません。
月面や惑星など夜空の中では比較的派手な対象を選んでも、望遠鏡の中ではどれも寂しげに見えます。
また個人用の望遠鏡はちょっと鏡筒に触れただけでも、星は大きく揺れます。
さらに地球の自転によって狭い視界の中を星はみるみる移動し、追いかけないとすぐに視界の外に出て行ってしまいます。
星の儚げな感じは、肉眼で見るより望遠鏡によってさらに増幅されるのです。
「できるだけ…」の歌は、望遠鏡が切り取る繊細な空のニュアンスをよく伝えていると思います。

第14回空き瓶歌会 やまがたで短歌を読む会さんからの全首評

山形歌会などでお世話になっている、やまがたで短歌を読む会(仮)さんから全首評をいただきました。ご自身では短歌を詠まれることはなく、純粋読者とのこと。丁寧な評をいただきありがとうございました。

《やまがたで短歌を読む会賞はBのキョースケさんの歌でした!》

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送っていただいた評が縦書きのためファイルのまま掲載させていただきます。

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第14回空き瓶歌会 髙木秀俊さんからの全首評

髙木さんは言わずと知れた初回からの空き瓶歌会のメンバーであり、素晴らしいイラストレーター、デザイナーです。今回はよんどころない事情により不参加でしたが全首評をいただきありがとうございました!

《髙木秀俊賞は、Eの七波さんの歌でした!》

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A.
遠足のおやつは200円以内ひらがなはさ行まで認めます

これじゃ全然足りないじゃん!というツッコミの歌なのかなと思いました。
お金と五十音、基準が違うものを比較することに意味があるのでしょう。共通点は両方数えられるということですね。
さ行あたりの線引きに、作者の妙技というか工夫があるのかもしれません。
ちなみにどうでもいい話ですが、サ行以降を削ると「えくおくえいさうす」ですね。濁音の行はどこに入るのかとか、いろいろ考えさせる歌です。

B.
わたしから遠い世界のいずこかで今日も知らないことが起きてる

みんな思っていて、確かにそうなんだろうなという素直な感想です。
「遠い世界」と「いずこか」は若干重なるような気がしますし、間延びした印象はあります。
政治ニュースに興味がある僕の好みなんですが、日本人には馴染みが薄いイスラム世界だったり、日本の平和から程遠い政情が不安定な国名など、具体性を少し入れたほうが良かったかもしれません。イラク、シリア、南スーダンなど。

C.
できるだけしずかにのぞく望遠鏡ちいさな夜が逃げないように

野良猫や小鳥などを怖がらせないために、遠くからそっと見るシーンがありますが、それを「夜」に置き換えたところに作者の工夫があると思いました。
猫写真家の岩合光昭さんなら、すぐ共感できるのではないでしょうか。
初句から仮名が続きますが、割とするりと読めました。
世界観や仮名を入れる所に、寓話的、絵本的な印象があり、作者はロマンチストなのかもしれません。いやそうに違いない。
提案としては、「夜」からさらに「星」に焦点を当てると、蛍を目で追いかけているようなイメージが湧いてくると思いました。

D.
本日も夫の帰りを待ちながらスクロールする犬の遠吠え

スクロールとはPC画面を上下に移動させることですが、作者(妻)はネットで犬が鳴く動画などを毎日観ながら、夫を待つということでしょうか。
それとも、夫を待ちながらスクロールするという犬が主語の歌とも読めます。それを作者(妻)が見ている。しかし犬がスクロールという意味がわかりませんでした。
また、犬=妻とも読めなくもないです。
動詞と助動詞が多いこと、作者も含め三者が登場する事で、とっちらかっているかもしれません。

E.
コーヒーの湯気はレースのハンカチのようになびいて 春は遠いね

描かれていませんが、人と待ち合わせして体が冷えている、そんなイメージが湧きました。作者の意図なのかわかりませんが、そこに意味を見出したいです。
湯気をレースのハンカチに例えたことが特徴的で秀逸ですね。モワッと立ち上がる白く濃い湯気がイメージできます。
それは同時に、気温が寒いことも表現されていて、結句につながる仕掛けになっている巧みな歌ですね。外で缶コーヒーを開けた時の歌かもしれません。
コーヒーの黒と、レースの白の対比も計算しているのでしょう。
一字空けが、一読した時に引っかかりましたが、少し先の未来へふっと眼差しを向けた時の「間」のようなものでしょうか。
ただ、個人的には必ずしもなくていいのかなと思いました。仮に賞賛してしまうと乱発を招く可能性もあるような気がします。
「E」の歌を選ばせていただきました。


2018年3月22日 (木)

第14回空き瓶歌会 大嶋航さんからの全首評


大嶋航さんから全首評をいただきました。大嶋さんはかばん所属で昨年から新潟メンバーとして歌会に参加していただいており、イラストや小説も書かれる多才な方です。今回、歌会は都合により不参加でしたが評をいただきありがとうございました!

《大嶋航賞は、Eの七波さんの歌でした!》

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A. 遠足のおやつは200円以内ひらがなはさ行まで認めます
遠足前日の学校の風景かと思いきや、下句で突然にひらがなを制限されてしまう。上句も下句も「何かを制限する言い回し」であることは同じはずなのに、その中身によって特別な違和感がつきまとうことに気づかされます。そして、「なぜ“さ行”までなんだろう」と考えていくうち、それは「なぜおやつは200円以内なんだろう」という疑問にも変わります。常套句やテンプレート文のように日常に溶け込んだ言葉の中には、時おり不思議なルールや決め事が隠れているものですね。とはいえ、もしおやつを選ぶ時に使える言葉が”さ行“までだったとしたら、こちらも同じくテンプレートのように耳に馴染んだ「”バナナ“はおやつか否か」の論争は起こらないことになるんですかね。すぐには理解できない不思議なルールが、実はひとびとの生活を争いから守る枷のようなものになってくれていたとしたら面白いなと思います。世界の不思議なしくみを覗かせてくれるような一首でした。

B. わたしから遠い世界のいずこかで今日も知らないことが起きてる
全体的にぼんやりと抽象的なイメージで語られる一首。「遠い世界」「いずこか」「知らない」と、主体は何か脅威が訪れていることを肌で感じ取りながら、その認識はふわふわとおぼつかないものになっています。しかし、そんな一連の流れの中で、下句の「今日も」からは不思議と主体の確かな意識が宿っているように感じました。遠くどこかで起こる知らない出来事に不安や焦りを覚えながら、それでも自分が向き合えるのは目の前の今日や明日の一日くらい。ただ、無力感や諦めを匂わせるような、湿っぽい雰囲気は一首のなかには見当たらず、むしろ遠い世界に触れられないという圧倒的な事実をあえて直視しようとする、からりと乾いたつよさのようなものを感じました。

C. できるだけしずかにのぞく望遠鏡ちいさな夜が逃げないように
望遠鏡で夜空を見ながら映る景色がぶれてしまったり、照準が合わなくなったりするのは、「夜が逃げていたから」という表現が新鮮でした。レンズに映るのが「大きな夜空の一部」ではなくてあくまで「ちいさな夜」なのも、まるで天体観測が「夜」という生き物の生態を観察する行為のように思えて面白かったです。そうなると望遠鏡は、微生物を覗く顕微鏡にも重なるのかもしれないですね。「できるだけしずかにのぞく」というひらがなの上句も、ちいさな夜と恐る恐る触れ合おうとする主体の細やかな心遣いが透けて見えるようで効果的だと思います。

D. 本日も夫の帰りを待ちながらスクロールする犬の遠吠え
正直なところ一読してすぐに意味を理解するには、やや難解な一首でした。主体はパートナーの帰りを家で待っている。そして「スクロール」とある通り、何かの画面を覗いているらしい。となると「犬の遠吠え」は、いつまで経っても帰ってこないパートナーに宛てたSNSのスタンプ機能か何かだろうかと想像しました。放ったらかしにされた自分を犬に重ねてメッセージを送信してみたものの反応はなく、手持ち無沙汰な時間を意味もなくスマートフォンを眺めながら過ごしてしまう。そんな、構ってほしさ溢れる主体の姿がじわじわと浮かんできました(間違ってたらすみません)。初句に「本日も」とあるので、犬の遠吠えスタンプはふたりの間だけで交わされる秘密の日課なのかもしれないですね。そう考えると、なんかかわいく思えてきました。

E. コーヒーの湯気はレースのハンカチのようになびいて 春は遠いね
ただよう湯気をレースの布に見立てる比喩の軽やかさに心を掴まれました。結句の前に差し込まれた全角空けは、コーヒーを口に含んでからゆっくりとひと息をつく主体の息づかいが表れているようで、こちらも素敵だな~と思います。ハンカチはお別れのイメージですかね。港や駅のホームで白いハンカチを振って誰かを見送る感じの。「春は遠いね」とややぶっきらぼうに投げかけられる結句からは、春に対する期待や憧れよりはむしろ、過ぎていくお別れの季節への未練のようなものを感じました。次の季節への一歩をすぐには踏み出せないまま、今だけはお別れの寂しさに全身を浸していようとする主体の姿がぼんやりと浮かびます。お別れの余韻に身を預けることは、苦いけれど温かいコーヒーを時間をかけてじっくりと味わう行為にも似ているのかなと思ったり思わなかったり。

第14回空き瓶歌会 ゲスト選者 大平千賀さんからの全首評


同じくゲスト選者をお願いした大平千賀さんからの全首評です。
大平さんは短歌人所属で第28回歌壇賞を受賞されています。ご出身が新潟ということもあり、以前には第4回空き瓶歌会にも参加していただきました。この度はお忙しいところ丁寧な評をありがとうございました!

《大平千賀賞は、Cの有村桔梗さんの歌でした!》

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A. 遠足のおやつは200円以内ひらがなはさ行まで認めます
遠足におやつは付き物で、おやつ代に制限があるのはお約束だ。(今の子供たちは事情が異なるかもしれない)
この一首は、そんな多くの人が共有可能なお約束をまず提示して見せている。
下句は、すこし分からない。すこし、はぐらかされる。
一首全体が遠足のルールだとすると、遠足中のおしゃべりは「さ行まで」ということになるだろうか。
「遠足」から子供が、子供から「ひらがな」が導きだされている。
なんだか突飛でとんでもないルールだけれど、そもそも「おやつは200円以内」というルールも子供側からしたら理不尽なルールかもしれない。
だからこの歌は、理不尽を感じている子供の頃の主体の目線と「それはひらがなはさ行まで、と言ってるようなもんですよ」と面白がって揶揄している大人の主体の目線が同時に存在しているように感じられる。
さいごは「認めます」と肯定して終わっているけれど、おしゃべりを全部でなく一部禁止することで、よりコントロールされているという気味の悪さが残る。
許可が必要である、という世界の前提が怖い。

B. わたしから遠い世界のいずこかで今日も知らないことが起きてる
なんだか怠惰で、空疎なこころの歌だ。
「いずこか」の語彙の異物感が強い。
主体にとって「いずこか」が物理的にも精神的にもより遠くある、その距離を感じる。
起こっている「知らないこと」がとても悲惨なことかもしれないのに、「いずこか」と言っている主体にとっては、ただ遠いどこかの世界の話なのだ。。
「遠い世界」「いずこか」「知らないこと」と漠然とした言葉が並ぶ。
でもその漠然とした意味のうすさにはグラデーションがあって、上句から下句にかけてだんだんうすく広がっていく感じがする。
だから初句の「わたし」がこの一首のなかで唯一確かなものとして存在している。

C. できるだけしずかにのぞく望遠鏡ちいさな夜が逃げないように
夜の景色を望遠鏡からのぞこうとしている。
覗き穴に片目をぴったり近づけたら景色は視界いっぱいに広がるはずだが、、この歌で歌われているのはそういう大きくて迫力ある景色ではない。
穴を覗いたとき(レンズに密着する前)に見える、まん丸くて小さな世界がある。
(自分をとりまいている)肉眼で見ている大きな夜の世界と、覗き穴の中に見える小さくて遠い夜の世界、二つの夜のあいだの時間を丁寧に閉じ込めている。
「ちいさな」からはさらに、ちいさな家々やちいさな人々、ちいさな営みを想像した。
「逃げないように」だから、主体が乱暴に覗いたら夜は逃げてしまうかもしれないのだ。
望遠鏡から見える夜が逃げてしまうという事は、覗き込む主体をとりまく夜もその瞬間に消えてしまうことにならないだろうか。
この一首はそんな、自分の立っている世界が消えてなくなってしまうような不安感をはらんでいると思う。
「消えないように」ではなく「逃げないように」としたことで、世界が消えたり現れたりするときその主体性は「夜」の方に持たされている、と読めるだろうか。
そう考えると、「できるだけしずかに」がより本当らしく響いてくる。
「できるだけしずかにのぞく」という濁音の多い響きが、なにか息をつめているような息遣いに感じられてきた。

D. 本日も夫の帰りを待ちながらスクロールする犬の遠吠え
食事の支度も済んでしまったのか、夫の帰りを待ちながら、わたしはスマホの画面をスクロールしてSNSをチェックしている、と読んだ。
「遠吠え」=「SNSの投稿」にたどり着くまで時間がかかったが、一首全体からステレオタイプの日常が描かれているように感じられたので、
なにか意外性のあることより、日常の「あるある」のラインで読みを探った。
手元の大辞林で「遠吠え」を引くと
①犬や狼などが、遠くへ向かって、また、遠くの方で長く尾を引くように鳴くこと。
②かなわない相手に遠くの方から、また、陰でののしること。
とある。
①と読んだ場合、その「遠吠え」の宛先には主体も含まれている可能性がある。
SNSの投稿の中に、遠くの仲間に呼びかけるような声を聞きながら、画面をスクロールし続ける。
②SNSによっては、陰口やののしりを多く見かけることもあるだろう。この場合、「遠吠え」の宛先に主体は含まれていない可能性が高く、あくまでも他人事だ。
①と②、どちらか一方ではなく、画面の中にはそれらが入り混じって感じられているかもしれない。
ただ「本日も」という業務連絡めいた冷めた口調で歌が始まっているので、②の意味合いが若干強いだろうか。
どちらにせよ主体は「スクロールする」だけで、一つの投稿に見入ったり、自分から書き込みをしたりはしないようだ。
けれど、作者はこの歌を詠んだ。この一首そのものがかすかに「犬の遠吠え」として機能させられているところに、この歌の面白みがあるように思う。

E. コーヒーの湯気はレースのハンカチのようになびいて 春は遠いね
さわやかで、春が待ち遠しくなる一首だ。
(東京ではだいぶ春めいた陽気が続いているけれど、日本のウエストコースト新潟はまだ春が遠いかもしれない。)
「レース」が湯気の質感を、「ハンカチ」がコーヒー一杯の湯気のサイズ感を捉えている。
湯気という視覚的にとても頼りないものが、「レースのハンカチ」という比喩によってちゃんと頼りないままで立体的に見えてくる気がする。
「春は遠い」といっているけれど、春の遠さを言うほど、春はそこまで来ているという感慨がつよまる。
「遠いね」は目の前の相手に話しかけていると読むより、とおくの誰というわけでもない誰かへの呼びかけのように読みたい。
「なびいて」の言いさしから、湯気がなびいて見えなくなるその先を見ながら「春は遠いね」とつぶやいているように思えるからだ。
読者のわたしも、春を待つしずかな心持ちになってくる。

第14回空き瓶歌会 ゲスト選者 内山晶太さんからの全首評

今回、ゲスト選者をお願いした内山晶太さんから全首評をいただきました。
内山さんは第13回短歌現代新人賞を受賞、歌集『窓、その他』で第57回現代歌人協会賞を受賞され、短歌人に所属されています。昨年はご夫妻で当歌会にも来ていただきました。イベントなどご多忙ななかとても丁寧な評をいただき感謝いたします。

《内山晶太賞は、Eの七波さんの歌でした!》


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空き瓶歌会全首評
          内山晶太
 
A. 遠足のおやつは200円以内ひらがなはさ行まで認めます
遠足について「おやつは〇〇円以内」はよく耳にする定番のフレーズです。子どもの頃から聞きなれたフレーズで、知らずしらずのうちにそういうものなんだろう、と思いながら生きている人が多いのではないかと思います。つづく下句。よく分かりませんが、理不尽です。歌のなかのだれに、何の権力があって「認め」るのか。しかも認めてくれるのは「さ行」までです。理不尽の権化のような下句から遡れば、「おやつは〇〇円以内」も理不尽なものなのではないかと疑義が湧いてくるのです。だれか分からないところから発せられる理不尽なルールは現実にもたくさんあるはずで、そのことに改めて気づきを与える歌になっているのではないでしょうか。
 
B. わたしから遠い世界のいずこかで今日も知らないことが起きてる
言葉が全体的に抽象的で、半透明の膜がかぶさっているような一首です。この膜を良しとするのかどうかはなかなか難しいところで、どちらかというと捉えどころのなさに向かっていると思います。ネットやテレビでは遠い世界の出来事をいろいろと知ることができますが、そうして知った物事はごくごく大きなものだけで、世界とつながっている実感はそれほど湧いてきません。が、覆われた膜のなかで、捉えどころのなさを抱えながらも、何かが起きている気配だけは感じ取っているのでしょう。具体がつかめないのに気配だけが分かる世界は、たぶんおそろしさを含んだ場所となりざわざわとした胸騒ぎが一首から生まれていると感じました。
 
C. できるだけしずかにのぞく望遠鏡ちいさな夜が逃げないように
望遠鏡をのぞいたときに見える景色は、丸く切り取られています。その切り取られたぶんだけを「ちいさな夜」とする把握が一首の見どころでしょう。夜に「ちいさな」という形容詞をつけたとたん、夜が生物化して一気に幻想的な世界へ舵をきります。望遠鏡はすこし動かそうとしても大きくぶれて目的物を見失ってしまう道具でなかなか繊細なものですが、こうした望遠鏡自体の繊細さが作品世界の繊細さとうまくつながっている点も歌の広がりになっていて、「すんなり読めるのに大味でない歌」ですね。
 
D. 本日も夫の帰りを待ちながらスクロールする犬の遠吠え
人を待つ時間は実際のところじれったかったりおぼつかなかったり暇を持て余していたりするものですが、決定的に一人の時間であるということに変わりはありません。そんな一人の時間に何をしているのかといえば、この歌では「スクロールする犬の遠吠え」です。「犬の遠吠え」は俗語のそれなのか、ほんものの犬の遠吠えなのかわたしはちょっと判断に迷うところがありました。しかし、どちらにしても待つ時間の手持ち無沙汰が日常の一部になってしまった感じがこの歌の中心にあって、少しけだるいような雰囲気が漂っていると感じました。
 
E. コーヒーの湯気はレースのハンカチのようになびいて 春は遠いね
コーヒーの湯気を言って、「レースのハンカチ」のイメージを合わせる直喩が軽やかです。湯気から、ものすごく薄くて白いハンカチへイメージを渡していく過程で軽やかさとともに何となく甘酸っぱい感触が付加されています。ふわっとしながら一字の空きを置いての「春は遠いね」が、かすかに相聞の香りを発しながら思いのほかたしかな言葉として読み手にひびきます。全体に柔らかな印象をまとった作品だと感じましたが、柔らかさのなかにも強弱が潜んでいて雰囲気だけの歌に陥りがちなところをぐっと支えているのではないでしょうか。


2018年3月17日 (土)

第14回空き瓶歌会 詠草の作者発表


第14回空き瓶歌会詠草


題詠『遠』読み込み必須


A. 遠足のおやつは200円以内ひらがなはさ行まで認めます (橙田千尋)


B. わたしから遠い世界のいずこかで今日も知らないことが起きてる (キョースケ)


C. できるだけしずかにのぞく望遠鏡ちいさな夜が逃げないように (有村桔梗)


D. 本日も夫の帰りを待ちながらスクロールする犬の遠吠え (香村かな)


E. コーヒーの湯気はレースのハンカチのようになびいて 春は遠いね (七波)

2018年3月 8日 (木)

第14回空き瓶歌会 詠草

第14回空き瓶歌会の詠草を公開します。
空き瓶歌会では、メールやツイッターのDMで詠草への評や感想を募集しています。
初めましての方も!前回も送ってくださった方も(いつもありがとうございます!)ぜひ!


【第14回空き瓶歌会詠草】

題詠『遠』※読み込み必須


A. 遠足のおやつは200円以内ひらがなはさ行まで認めます

B. わたしから遠い世界のいずこかで今日も知らないことが起きてる

C. できるだけしずかにのぞく望遠鏡ちいさな夜が逃げないように

D. 本日も夫の帰りを待ちながらスクロールする犬の遠吠え

E. コーヒーの湯気はレースのハンカチのようになびいて 春は遠いね


以上、5首

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◆第14回空き瓶歌会 概要 日時:2018年3月17日(土) 13:30~ 場所:砂丘館(新潟市中央区)
ゲスト選者:内山晶太さん、大平千賀さん
参加者:有村桔梗、キョースケ、橙田千尋、七波、香村かな ◆一首選をお願いします! ○歌会前日の夜(3月16日24:00)までに詠草の中から良いと思った一首を選んで、その歌の評や感想とともにメールまたはツイッターのDMでお送りください。 あなたの名前を冠した「○○○賞」として歌会の場で発表させていただきます。 (なお、16日の夜を過ぎても、歌会終了後にネット上のSNSまたはブログを通して、参加者に発表したいと思いますので、締切後もどしどしお送りください!) ・ツイッター :@akibinkakai ・メール   :akibinkakai@yahoo.co.jp ※メールでの評の場合、筆名とツイッターアカウントがある場合はそれも併せて表記してください。 ※確認の返信が前後する場合があります。ご了承ください。 ○お送りいただいた一首選、一首評は当日の歌会の場で発表します。 ○また後日この空き瓶歌会のブログ上でも公開します。 ※ネット上での公開を望まない方はその旨をお書き添えください。 ◆その他評や感想をお待ちしています。 ○もちろん、一首だけでなく三首選、全首選なども大歓迎です!よろしくお願いいたします。


2018年1月 2日 (火)

第14回空き瓶歌会のお知らせ

第14回空き瓶歌会のお知らせ

<空き瓶歌会とは>

空き瓶歌会は新潟を中心に行っている短歌の歌会で、短歌を書く人であれば誰でも参加できるオープンな会です。2012年の8月からこれまでに13回実施してきました。

先生と生徒がいるわけではなく、初心者も歌歴の長い人も、フラットな関係で集まっています。短歌歴の短い人たちが中心となっているので、これまで歌会へ参加した経験のない人でも参加しやすい歌会だと思います。 新潟市で開催しているのですが、新潟県内の参加者に加えて、毎回全国各地から参加者が集まってくれます。

3月に第14回空き瓶歌会を実施します。多くの方のご参加をお待ちしています!

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【開催概要】

日時:2018年3月17日(土) 13:30~17:00

場所:砂丘館 (新潟県新潟市中央区西大畑町5218−1) http://www.sakyukan.jp/ ※新潟市中心部のNEXT21から徒歩約15分

会費:200円(会場費など)

◎歌会後、懇親会あり(希望者)

【詠草】

・未発表作1首(題詠)を事前にツイッターのDMまたはメールで送っていただきます。

・詠草は歌会の前に無記名で、歌会後に記名入りでインターネット上で公開します。

・題詠の題は「遠」(読み込み必須)

・詠草締切=3月3日(土)24:00

【参加希望・お問い合わせ】

ツイッター :@akibinkakai

メール:akibinkakai@yahoo.co.jp

参加希望者は2月28日(水)までに、ツイッターもしくはメールにてお申し込みください。 (歌会前の連絡をツイッター上のサービス「meity」で行いますので、メールでお申込みの場合、ツイッターアカウントがある方は記載していただけると幸いです。)

参加者が会場のキャパを超える場合は、先着順で締め切ります。 参加をご検討いただける方は、未確定でも念のために早めにご連絡いただけると助かります。 お申し込みお待ちしております!

(空き瓶歌会)

2017年9月14日 (木)

第13回空き瓶歌会 皆様からいただいた選評

今回も多くの方々から選評をいただきました。
本当に嬉しいです。ありがとうございます!!
まだお会いしたことのない方はいつか歌会などでご一緒できますように。

※鈴木麦太朗さんからも全首評をいただきましたが、ご意向によりブログでの公開は控えさせていただきます。ありがとうございました!!

◯石川順一さんからの一首選

B. 畦道のドロ飛沫あびる軽トラにテカる〔土方歳■〕ステッカー
恐らく「土方歳三」だと思うのですがなぜ「三」の部分が「■」なのかが気になりま
した。土方歳三と言えば蝦夷共和国に、榎本武揚。勿論それら以前の新選組での活躍
がありますが、そう言った事全てひっくるめて、この歌をいいと思いました。そして
その他に「ドロ飛沫」「ステッカー」と言う語や組み合わせにも惹かれたのだと思い
ます。(ああ、今気付きました。恐らく「■」の部分は、その部分だけ剥がれて無く
なって居たのだと気付きました)

《石川順一賞は、Bの髙木秀俊さんの歌でした。おめでとうございます♪》

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◯安野文麿さんからの一首選

E. 屋上に落ちている土 重力へ報いる力のあることを知る
最初は何やらわからないまま読んでいたのですが、はたと腑に落ちました。歌意は、ビルの或いは学校の屋上に土くれを見つけた、と。それは、地面から重力に逆らって屋上まで持ち上げられてきたのだ、重力に抗う力というものがあるのだ、という歌。なるほどなのです。重力が無ければ僕たちは全く活動できないので、重力の存在価値は計り知れないと思うのですが、面白い視点だと思いました。
思えば僕らのすべての活動は重力に逆らう力で行われています。又、重力を利用して活動している。そういう重力に「報いる」。この歌では報復すると読みましたが、一方で恩返しする意味もある(歌の意味が通じなくなりそうですが)。
今日はしみじみと重力について感じ、考えてみたいです(笑)。重力に逆らわず、屋上から重力に従ってしまったら、怖いですね。以上です。ご盛会をお祈りしております。

《安野文麿賞は、Eの大嶋航さんの歌でした。おめでとうございます♪》

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◯内山晶太さんからの一首選


A. 孤独っていったいどんな毒だろうプラネタリウムで土星を見上げて


一首評

孤独=こどく、で「孤独」という音のなかに「どく」がある
というのがこの作品のひとつの核心になっています。
ここの部分だけ取り出してしまえば、よくある言葉遊びなのかもしれませんが、
一首全体を通してみると、言葉遊びが持つ直接的で即効性のある魅力とともに
もう少しじわじわとした別の魅力も併せもっていることが分かります。


プラネタリウムは最近では大人も見に行くもののようですけれども、
わたしの個人的イメージだとなんとなく子供時代のかすかな記憶にありそうな場所です。
そういうわけで、「孤独っていったいどんな毒だろ う」と考えているこの歌のなかの人も
どこかしらあどけなく見えてきました。


星空と一対一で向かい合っている時間。そしてその星空はほんものではなく疑似星空であること。
こういう一首のなかの事情が絡み合い、歌のなかの人のあどけなさは
子供の持つあどけなさというよりも、レプリカントの持つあどけなさなんじゃないか、
というふうに、あどけなさの特定ができる点で歌のなかの人がしっかりと浮き出していて
言葉遊びだけではない魅力になっています。


題詠の「土」は「土星」のところに詠み込まれていますが、
ここも「ど」の音で合わせてきていて、また「星空」と「孤独」というよくあるイメージの
取り合わせから自 然とはずれていった部分もこの歌にはプラスに作用したと感じました。

《内山晶太賞はAの七波さんの歌でした。おめでとうございます♪》

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◯高松紗都子さんからの一首選

C. 土砂降りに差し出されたる透明な傘の匂いを忘れずにいる

まず雨のにおいについて考えてみると、土砂降りの雨にはあまり良い匂いのイメージがないですね。どちらかというと、ちょっと埃っぽいような、土くさいような…(土という字に引っ張られてる?)
そんな激しい雨の中、誰かにすっと傘を差し出されたんですね。それはありふれた透明な傘だけれど、自分にとって大切な場面、大切 な相手だったのだと思います。
傘の匂いというのはなかなかイメージできませんが、透明傘のひかりは目に浮かびます。忘れられない匂いは「清々しさ」に通ずるものだったのではないでしょうか。 あるいは差し出した人から香っていたのかもしれません。
土砂降りの雨の音、透明傘のあかるさ、そして記憶に刻まれた匂い …その人の思い出の光景に、ふと引きこまれていくような気がしました。激しい雨音も聞こえなくなるような一瞬ですね。

《高松紗都子賞は、Cの香村かなの歌でした。ありがとうございます♪》


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